Private Life

2012年05月13日

ボラボラ島の記憶

この季節、夏が近づいて来ると、海なし県に育ったせいか無性に海に行きたくなります。

ボラボラ島は、「南太平洋の真珠」と言われ、フランス領ポリネシアの中で最も美しいと称賛され、タヒチ島を含む118の島々から構成されるソシエテ諸島に属する島です。

日本で「タヒチ」と言ったら、それはボラボラ島のことを意味していると言ってもいいかと思います。成田からの直行便でタヒチ島の首都パペーテまで11時間、さらにプロペラ機で1時間の飛行の末、目指すボラボラ島に到着です。

この島は、環礁に囲まれており、ラグーンではほとんど波が立たず、遠浅で、散在するサンゴ礁には無数の熱帯魚が群がっています。

私はかつてこの島に、ハネムーンで行ったことがあります。当時は日本からの直行便もなく、ハワイ経由でした。現地で宿泊したのは「水上コテージ」と言ってビーチから桟橋を歩いて渡って行く、海の中に建てられた家でした。ベランダにベッドを移動して足元に泳ぐ熱帯魚達を観察しながらお昼寝していると、海を渡る潮風がとても心地よくさわやかで、まさにいま自分が地上の楽園にいるという事を実感できます。

ホテルのプライベートビーチから見える場所にホテル所有の無人島があり、滞在中この島にピクニックに行く事になりました。ボート何艘かに分乗し、20人程で出かけましたが、お目当てはこの島にある水族館です。水族館と言っても立派なものではなく、島のビーチの一部をメッシュ状のプラスティックフェンスで囲い込み、この中に大量の熱帯魚が泳いでいるという施設です。はじめはスタッフから渡された魚の切り身を手に持って、海中でサカナ君達に食べさせていましたが、徐々に慣れて来てからは、シュノーケルと水中眼鏡を装着してフェンスの中を悠々と泳ぐ数匹の巨大なマンタの背中に乗り(両手でしがみつき(^▽^;))、しばしの間マンタと一緒に海中遊泳を楽しみました。

私たちのボラボラ島滞在は1週間でしたが、欧米人たちはほとんどが1ヶ月のバカンスを楽しんでおり、親しくなった仲間たちから「何故こんなに短期間で帰ってしまうのか?」「ここが気に入らないのか?」などと、彼らからすれば極めて素朴な疑問を投げかけられ、日本という国のいろいろな意味での貧しさを痛感したことがあります。

一つの例として、夏のバカンスは1ヶ月位取るのが当たり前、というような社会環境が整備されてはじめて先進国の仲間入りだし、人間に与えられた短い一生を本当に充実させ、楽しむことにも繋がるのではと感じています。

開業して23年目も半ばを迎えようとしておりますが、当院外来には開院以来通院されている患者さんもたくさんいらっしゃいます。

「あんた、私より先に逝っちゃだめだよ!」
「死ぬまで頼むね!」
「あんたの顔を見ると痛みが吹っ飛ぶよ!」

毎日さまざまなストレートな言葉をいただきますが、さすがに外来で長い期間接していると、どの患者さんも他人のような気がしなくなって来ています。

また、幼稚園児の頃来院した患者さんが、今度は自分の子供を連れて来るケースも増えて来ました。夫婦で来院などは当たり前、親子三代に亘っていらしている患者さんもよくお見受けします。

個々の患者さんの、病歴は言うに及ばず、問わず語りの中で家庭の事情までもいつの間にか知る所となり、最近の自分は既に、いわゆるホームドクターの領域に足を踏み入れているなと感じております。

こんな中、待合室で待っている間に、リハビリ中に、あるいは診察中に、体のさまざまな機能の衰えから急変する方も出て来ております。

私の基本的な考え方として、当院に治療を目的として来院された患者さんに対しては、整形外科領域という狭視野なとらえ方ではなく、社会的背景を持った1人の人間として敬意を表し、その健康状態全般に対して関心を持ち、健康をトータルにサポートしたいと考えております。

来院された患者さんの血圧を測定する事はその第一歩、簡単な検査ですがその日の体調を知る上でとても貴重な情報が得られ、リハビリ治療やブロック注射に伴うリスクを最小限に減らすことが出来ます。

患者さんの中には内科の先生に気兼ねして血圧測定を拒否される方もいらっしゃいますが、これは患者さんに私の真意が伝わらず、心から信頼されていない結果ではないかと深く反省しております。

また、お薬を処方している方に対して、大体3ヶ月に一回位、血液検査をお願いしておりますが、これはお薬の効き具合や、副作用が出ていないかなどのチェックをする為に最低限必要なものであり、ご自身の為でもありますので是非協力していただきたいと思います。

1人の町医者として足利市における自分の立ち位置を考えた時、それはホームドクターとして、

来院された一人一人の患者さんの話にしっかりと耳を傾け、説得力を持って希望を与え続け、かみ砕いた、素人の人にも分かりやすい言葉で、簡潔に病状の説明ができる事

  であり、これからもこの方針で地道に努力して行こうと考えております。

「わたなべ整形外科」は、平成元年10月に開業してから現在23年目に突入していますが 、流石にこの位長く同じ場所で診療していると、足利市民の中で「わたなべ整形外科」の名前を知らない人が減って来たのを感じます。 

開業当初、東京の慶応病院から代診の先生が来ても、駅から乗ったタクシーの運転手さんが病院の場所を知らずに苦労したというのもまるで昔話のようです。
 
こんな中、開業以来当院を受診した患者さんの数も4月21日現在で84,595人に達しており、なんと足利市の人口の半分以上の人が当院を訪れている事になります。

そんなわけで、私は街のあちこち、コンビニ、スーパー、ホームセンター、レストラン、本屋さん、ショッピングセンターなど様々な場所で、当院通院中もしくは通院歴のある方達にお会いすることになります。この際余りにもイメージダウンになるような服装ではマズイかなと考え、身なりにはそれなりに気を使うようにしています。また、こちらが完全に忘れていて、相手の方が自分を覚えているような場合、声を掛けられた時は取りあえず笑顔で挨拶し、当たり障りのない会話をすることになりますが、この場合長引くと危険です。

一番まずい対応は相手が自分に挨拶しているのに、私がそれに気付かず挨拶を返さなかったケースです。この場合相手は私の事を、お高く留まっている、挨拶したのに無視された、などと勘違いし不快な感情を抱くことになります。これだけは是が非でも避けなければなりませんので、街へ出る時はいつもそれなりの緊張感を持って周囲に気を配り、常に「わたなべ整形外科」の看板を背負っている位の気持ちで行動し、患者さんを発見した時はこちらから先に、さわやかな挨拶ができるように心掛けています。

そうは言っても最近徐々に記憶力の衰えを感じており、挨拶されてもすぐに思い出せない事もありますので、私を街で見かけて声を掛ける時は、御自身について多少のヒントを与えていただけると有難いし、会話がスムーズに進むかと思いますのでよろしくお願いします。

私はいつも患者さん目線での診療を心掛けており、街で会った時もお高く留まるつもりは毛頭ございませんので、気軽に声を掛けていただければ幸いです。

平成24年4月2日(月)、平成24年度診療報酬改定に伴い、新システムによる外来診療が始まりました。

今回も案の定、我々整形外科にとってかなり厳しい内容となりました。中でもリハビリが受けたダメージはかなり大きく、今まで通りのスタイルで診療していると、同じ治療行為をしていながら、収入が約三分の一程に減少するという内容でした。

現在日本では、医師が行う診察の初診料が2,700円、再診料が690円と決められていますが、アメリカでは大体、初診料1万円、再診料5千円位が相場です。

高校卒業後、難関中の難関と言われる医学部に合格し、6年間の勉強の後、年に一度の医師国家試験に合格した7,500人前後の医師たちが、関連病院や大学病院で少なくとも6年以上の研鑽を積んだ後、開業医として一般の患者さんの診療に従事しています。

来院された患者さんに対し、これまで勉強した知識と経験のすべてを結集して診察し、治療計画を作成する過程に対して支払われる初診料が2,700円というのは、個人的には納得行きません。患者さんにとっては安くて良かったねというレベルの話かもしれませんが、医師の技術料に対する評価がこれほど低い国は、先進国を見渡してもあまり例を見ず、外来は薄利多売となり、3時間待ちの3分診療を生む土壌となります。

今回の改定では、リハビリだけで来院された患者さんもすべて医師のチェックを受けなくてはならないというものですが、これは如何にも現場を知らない役人の発想だなと思いました。大体、再診料という表現が不適切であり、基本診療料のような表現に切り換えるべきかと思います。

毎回診察をしなくとも、医師が治療のプランを立て、それを訓練されたスタッフが実行しながらリアルタイムで観察し、定期的にチェックを入れるというこれまでの診療スタイルは、患者さんから見ても、医師の側から見ても、極めて合理的で、双方の無意味な時間的負担を軽減するという意味で、とても素晴らしいシステムだったと思います。

しかし厚労省の決めたルールに逆らっては今後の診療が続けられないという中で、我々はプラス思考に頭を切り替えることにしました。毎回ドクターチェックを受けてもらうことで、患者さんの超早期の体調の変化を見逃さず、適切な処置が可能になったと思います。また治療のプログラムが以前よりも確実に実行されるようになることが期待され、患者さんにとってはメリットも多くなるものと思います。

大混乱の初日を過ぎ、二日目、三日目と進むにつれ、患者さんもスタッフも少しずつ、この新しいシステムに慣れて来たように思われます。 

今後の課題としては、約1.5倍に増えたドクターの仕事量であり、院長・副院長の高齢化が進む中、体力的に大丈夫かなという心配です。

これからも様々なアイディアを採用し、徐々に改良を加え、すべての患者さんに納得していただけるような診療の流れに持って行きたいと考えておりますので、これからもよろしくお願い致します。

2012年04月02日

ミコノス島

大学2年の夏、バックパッカーとしてヨーロッパを3ヶ月ほど放浪していたことがあります。横浜からロシア船籍の「フェリックス・ジェルジンスキー号」に乗り込み、2泊3日太平洋を北上、津軽海峡を通過してナホトカへ、さらにシベリア鉄道でハバロフスクまで16時間ほどの列車の旅、そこからモスクワまでアエロフロートで空路約8時間。ここで1週間の滞在後ヘルシンキ経由でストックホルムへ、そして到着後解散という、当時としては最も格安の方法でヨーロッパ入りしました。西ヨーロッパのほぼ全域をTEE(Trans European Express)という列車を使ってブラブラと、ユースホステルとペンションばかりを泊まり歩く、気ままな貧乏旅行でしたが、自分の人生にとってとても収穫の多い旅になりました。

最初の1ヶ月は日本語で考え英語に翻訳して会話をしていましたが、2か月目には英語で考え英語で話せるようになり、3ヶ月目にはかなりきわどい交渉やケンカまで英語でできるようになりました。また、ほぼ毎日のように感動的な体験をし、日々自分が変化して行くのを実感しながら過ごした3ヶ月でもありました。

どの国も、訪れたすべての国がそれぞれに印象的でしたが、中でもスペイン、イタリア、ギリシャ、スイスの4ヶ国は、また行ってみたい場所です。

こんな中、ある雑誌の特集記事に「ミコノス島」が載っていたので懐かしくなり、ちょっとだけご紹介させていただきます。「ミコノス島」はアテネの南東約100㎞にあり、ギリシャのピレウス港から船で5時間半くらいの位置にあるエーゲ海のほぼ真ん中に位置している島です。今でこそ有名になりましたが、私がこの島を訪れた、今から40年程前はここで日本人に会うことは無く、日本ではほとんど紹介されることのない島でした。私はこの島で二つの貴重な体験をしました。

その一つは、天の川(Milky Way)を生まれて初めて見たことです。例によって安宿に泊まり、毎晩のように、現地で仲良くなった連中と酒を飲みギリシャのフォークダンスをする店に入りびたっていましたが、ある晩遅く宿に帰ると自分のベッドが他の宿泊者に占領されており、クレームをつけると、こんな遅い時間に戻ってきたお前が悪いと言われ、宿の女主人からブランケットを2枚渡され宿の外に追い出されたことがありました。仕方なく狭い路地の石畳の上にブランケットを敷き、ぶつぶつ言いながら横になった時、夜空に白く輝く雲の帯のようなものが見え、目が慣れて来るに連れ、それが天の川であることに気付きました。この時の感動は今でも忘れることが出来ません。まさにMilky Wayというネーミングがぴったりの光の帯で、よく目を凝らすとそれが無数の星の集積であることに気付かされました。「おばちゃん、外に追い出してくれてありがとう!」の瞬間でした。

もう一つはヌーディストビーチです。そもそもミコノスに行くキッカケになったのは、マドリッドの宿で知り合ったドイツ人からの情報でした。彼は外交官志望の大学生で、6か国語を自由に操る男でした。仲良くなって何日か行動を共にしている中で、ヨーロッパでの彼の一押しはミコノスのヌーディストビーチだということになり、さっそくスペインからギリシャに直行することになったわけです。

当時ミコノスのヌーディストビーチは「パラダイス」と「スーパーパラダイス」の2ヶ所があり、私は昼はヌーディストビーチ、夜はダンシングバーで旅行者や現地の人達と酒を酌み交わすという毎日でした。ビーチはラグーンのようになっているため遠浅で、真っ青な空・エーゲ海ブルーの海・ゴミひとつない真っ白な砂浜にレストランが一軒だけという状況で、ビーチの客のほぼ7割くらいがオールヌード、残りがトップレスか普通の水着という感じでした。

初めは「恥ずかしくて水着を脱げなかった」のですが、しばらくこのビーチにいると、水着で体を隠している方が不自然な気がして来て、「恥ずかしいから水着を脱いだ」ことを思い出します。

実に開放的な空間で、一瞬この世の楽園に来ているような不思議な感覚に襲われたのを今でも鮮明に思い出します。

ギリシャは最近、国家財政が破綻して世界中から袋叩きにされていますが、私に言わせれば、ギリシャには今も素晴らしい世界遺産級の遺跡や自然環境がいたる所に残っており、あんなすばらしい環境の中で生活していたら、あまりあくせくと働きたくなくなるのもちょっと理解できるような気がします。

2012年03月18日

3時間待ちの3分診療

マスコミが医療機関叩きを行なう時の常套句があります。

その代表格が「3時間待ちの3分診療」かと思いますが、他にも「薬漬け医療」「検査漬け医療」「救急患者のたらい回し」などの言葉を使い回しして、日常的に医者叩き、病院叩きを行なっています。「タブーの正体」ちくま新書(川端幹人著)でも明らかなように、偏った、恣意的な報道を得意とする日本のマスコミですが、これに振り回され、その情報操作によって事実を誤認している国民が多く存在します。私はこれまでも様々な機会をとらえ、正しい情報を皆さんにお伝えする努力をして来たつもりですが、まだまだ医療に関しての誤解は根の深いものがあるなあと、常々感じております。
 
大病院で常態化した「3時間待ちの3分診療」の背景にあるものは何か、皆さん考えたことがありますか?その一番の原因は、日本の医療費は安い、ある意味安すぎるからです。安いことはいいことだと考えている方が多いと思いますが、医療費が安いと人件費を含めたあらゆる経費が削られます。日本の病院では医療従事者の人数が欧米の半分以下なのです。少ない人数で欧米の何倍もの患者さんの治療に当たりますので、外来はさながら戦場の様相を呈し、また大部屋病棟は人間の尊厳を無視した最悪の医療環境となっています。(様態が悪く、トイレに行けない患者さんがベッドサイドで排便する光景を想像してください。便の臭いが部屋中を覆い、さながら豚小屋の様相を呈します。)

国民一人当たりの日本の医療費は、GDP換算すると世界の先進国中最低ランク、アメリカと比べるとほぼ2分の1です。医師の診察料はアメリカの5分の1に抑えられ、入院費用も日本では一日平均6,000円程度なのが、アメリカでは一日20万円以上が当たり前。このため、入院期間や費用にも大きな差が出ます。例えば盲腸の手術を受けた場合、アメリカでは一泊二日で退院し、平均200万円かかるのに対し、日本では一週間入院しても40万円かかりません。アメリカでは術後、入院費用が高すぎるので超早期に退院し、病院周辺のホテルに移動して、痛いお腹を押さえながら通院するのが当たり前です。病院を受診する患者さんの数が多ければ多いほど、待ち時間は増え、1人当たりの診察時間は少なくなります。アメリカの開業医は完全予約制(つまり待ち時間ゼロ)で、一人当たりの診察時間は大体30分位かけ、十分納得いくまで説明してくれますが、その代り大体5倍位の診察料を取られます。したがって病院を受診するのは、かなり病状が進んでからだったり、緊急の場合に限られ、軽症の場合ドラッグストアレベルで済ませてしまいます。

事実は立体であって、様々な角度から光を当て、フェアに報道しないと情報操作につながる危険があるにも拘らず、日本のマスコミはいつも、記者クラブなどの安易な情報提供組織に寄生して受け売りの報道に終始し、自分の足でしっかりと情報収集・検証し、署名入りで伝えるということをしない為、一部の偏った情報を安易に発信し、その結果、医療に関する間違った認識が日本全体に広まっているような気がします。

 皆さんも是非、3流マスコミの偏った報道に振り回されることなく、冷静に賢く情報収集に努め、正しい認識を持って行動していただきたいと思います。

来月4月は、診療報酬改定の時期です。診療報酬とは、公的医療保険制度(保険診療)における医療サービスの公定価格のことを言います。2年に一度改定されますが、平成14年には、国民皆保険制度が昭和36年に誕生して以来初めて、本体部分が引き下げられて診療報酬が大幅にダウンしました。

これは小泉内閣の「聖域なき構造改革」が医療に及んだもので、当院も一時は30%以上のダウンとなり、経常収支は開業以来の大赤字となったことを覚えています。その後も2年毎に引き下げられ、同じ治療をしていても技術料評価が引き下げられ、収入が減少するという悔しさを6年間連続して味わうことになりました。

その後、診療報酬は全体で微増という経過をたどっていますが、ここで是非皆さんに周知徹底していただきたいことがあります。それは何かというと、厚労省が発表する診療報酬の増減幅は診療科全体の平均値であるという事です。 

つまり、すべての診療科が平均して、その収入が増減するわけではないという事であって、科によって収入が増える科もあれば、減る科もあるという事です。最近では産科医や小児科医不足解消のためにその技術料を増やしたり、勤務医の待遇改善のために病院の収入を増やし、診療所の収入を減らすという策も取られています。

要するにトータルの医療費は極力抑えながら、医療の現場から大きな不満が出ないようにチマチマと調整するということが2年に一度行われているわけです。

この流れの中でいつも割を食らうのは整形外科でした。日本医師会幹部(大半は内科医)の、「整形外科医は儲け過ぎだ」という思い込みと偏見の下、毎回のように整形外科をターゲットにした診療報酬の引き下げが行われています。

しかし正しく認識すべきは、「日本の医療費は高い!」と、不勉強なマスコミは書き立てますが、世界の先進国の中で国民一人当たりGDPに換算すると、日本の医療費は常に最低のランクであり、USAの約半分であるという事実です。

こんな中、更なる医療費の削減を現場に迫る結果、医療事故は増え、医療関係者の自己犠牲的就労も限界に達し、医療崩壊の足音が徐々に強まって来ているのを肌で感じます。

今回の改正も全体では0.004%のアップと言いますが、薬価ベースでは6%のダウンであり、これは当院のように患者さんのメリットを考え、院内処方で運営している医療機関にとっては大きな負担であり、減収につながります。


いずれにせよ今回の診療報酬の改定はマスコミの発表を鵜呑みにして喜んでいられるものではないという正しい情報認識を、1人でも多くの市民と共有したいと考えています。

わたなべ整形外科は1989年(平成元年)10月に有床診療所として開院しましたが、平成14年9月に入院の受け入れを廃止し、無床診療所に組織変更しました。これに伴い、入院施設として使っていた2階の空きスペースをどう活用するか、さまざまなアイディアが浮上しました。当時は、平成12年4月に始まった介護保険事業者の認定を早い者勝ちで受け、これにより先細りとなっていた医療保険収入をカバーしようというのが大きなトレンドでした。

当院も「療養型病床群」の申請をして認可が下り、2階のスペースを有効活用する予定でしたが、熟慮の末、認可の取り消しを願い出るという事にしました。

私の知る限り、厚生労働省という所は、よく思いつきで新しい事業を始めますが、この際最初はとてもおいしい話として医療機関に提案し、その後ある程度出揃ったところで徐々に締め付けを厳しくして、その経営を圧迫して行くという方向で動く役所として認識しています。

この「療養型病床群」の話も案の定、数年後には介護報酬を大幅に削られたり、事業そのものを廃止するという方向に進み出し、施設基準に合わせて病室の改装工事までした医療機関は、散々な目にあったと聞いています。ちなみに2階は平成18年から美容皮膚科「ボヌール ビューティーメディック」となっております。

さて私が介護保険事業に参入しない最大の理由は何か、それは介護保険では原則として定額払い方式(いわゆる「まるめ」)が採用されており、利用者1人当り1日(または1回)利用、あるいは1ヶ月の利用に対し、定額払いが原則となっている点です。 

これでは患者さんに対して思い切った、質の高いサービスは提供できません。やればやる程赤字になります。医療保険のような出来高払い方式と違い、介護事業者は一定額の報酬しか得られないので、多少でも利益を生み出そうとすると、スタッフの人数や待遇、患者さんに出す食事の質などを落としたり、その他さまざまな可能な限りの経費節減に努めなければなりません。私の基本的な性格から言って、これは不可能な事なので参入しないのです。

スタッフ一人一人が待遇に満足し、やりがいを持って気持ち良く働ける環境が整って初めて、通っていらっしゃるすべての患者さんに対して自然な笑顔での応対ができるものと確信していますので、低賃金・重労働が当たり前の、現在の介護保険事業への参入は、当院の場合、余程の環境の変化がない限り、あり得ない事と考えています。

2012年02月28日

天皇陛下の心臓手術

2012年2月12日、東大病院において陛下の心臓手術(ACバイパス)が行われました。これは心臓に血液を送り込む冠状動脈という血管が動脈硬化で狭窄し、十分な血液が供給できなくなった時に行われる手術です。

私が順天堂大学の麻酔科で研修していた頃は、人工心肺を使って心臓の拍動を一時的に止めて行なっていましたが、最近はスタビライザーという装置を用い、拍動を止めずに行うのが主流になっています。またバイパスに使用する血管も、当時の大伏在静脈から内胸動脈に変わり、手術の成功率も格段に向上して来ました。

私が注目したのはこの手術を担当した、天野篤という医師です。3浪して日大の医学部に入学し、卒業後は大学の医局に属さず、一匹狼としてさまざまな病院で武者修業を続けた後、2002年、順天堂大学の心臓血管外科教授に就任し、今回の陛下の心臓手術の執刀医として東大医師団から要請を受けることになりました。日本で最高の英知が集結すると言われ、極めてプライドの高い東大の医師たちが、恥も外聞も投げ捨て、母校の医師ではなく順天堂の天野教授に手術を依頼したということは、私にとってはとてもエキサイティングな出来事でした。

私は北大卒業後順天堂大学麻酔科に3年間在籍し、ペインクリニックや小児麻酔、心臓外科手術を含む麻酔全般、救急蘇生法など多くの事を学びましたが、当時順天堂大学医学部で順大出身の教授は麻酔科の茅稽二氏だけで、他の科はすべて他大学出身の先生達で埋まっておりました。

これはこの学校の伝統なのでしょうが、優秀な人材を広く公募し、各分野で最も高い評価を受けている医師を学閥の垣根を越えて教授として迎え入れるという、極めてフェアな空気が流れており、私も含め、他大学出身者だからと冷遇されることは皆無でした。順大医学部は学生も卒業生もレベルは極めて高いのですが、パラメディカルとのコミュニケーションも良好で、アットホームな雰囲気に包まれており、バリバリ勉強も仕事もこなしながら、お洒落に遊ぶという気風があったことを、今懐かしく思い出します。

直近の事情は分かりませんが、米国ハーバード大学でも、やはり母校出身者はハーバード大学の教授には就任できないという伝統があると聞いております。人材を広く求め、内向きにならず、常に新しい血を注入することで組織は活性化し、レベルを高く維持できるのだろうなと、今改めて感じています。

2012年02月19日

国民皆保険の落とし穴

保険証一枚持っていれば、日本中どこの医療機関でも受診できるし、全国均一の料金で保険診療を受けることができます。東大病院の教授が診察しても、卒業したての研修医が診察しても患者さんの払う医療費は同じと言う訳です。しかしここに大きな落とし穴が潜んでいることに気付いていない人が多いようです。それは院内処方・院外処方についての理解が不十分なために起こって来ます。

欧米で主流である医薬分業というシステムは日本ではなかなか普及しませんでしたが、厚生労働省は医療費抑制の切り札として、近年強力な利益誘導政策(院外処方を採用した方が医療機関にとっての経営的なメリットが大きくなる政策)により、その推進に努めて参りました。「医師は薬価差益で利益を上げる為、患者さんを薬漬けにしている。」という厚労省役人の偏見と思い込みに基づき、強引に推し進められてきた「医薬分業」でしたが、残念ながら「医薬分業」となっても医師から処方される薬剤の量はほとんど変わらず、医師達は適正な薬剤を必要な分だけしか処方していなかったことが証明されたこととなり、むしろ調剤薬局の増加によって医療費を逆に増大させるという皮肉な結果となっているようです。

現在の診療報酬体系の中では、全く同じ治療を受け、同じ薬を処方されたとしても、受診した医療機関が院内処方・院外処方どちらを採用しているかによって、患者さんの最終的な支払額は約3割も違って来るということになっています。これは厚労省の指導の下、調剤薬局で実施されている意味不明、有名無実な手数料の加算により支払い額が大きく膨らんでしまう為です。 「わたなべ整形外科H/P (院長からの情報発信箱)」参照

いずれにせよ、保険証一枚持っていれば日本中どこの医療機関を受診しても、全国均一の料金で保険診療を受けることができるという話には、ちょっとした落とし穴が用意されているという事を是非ご理解いただきたいと思います。

現在足利市には、主だった整形外科の施設が7件ありますが、そのうち院内処方を採用しているのは現時点では当院だけとなっています。これは当院の基本姿勢として、常に患者さんサイドに立った、やさしくて分かりやすい医療を提供したいという強い信念の下、病院の利益よりも患者さんのメリットを優先した結果の表れと解釈していただければ幸いです。