医療問題

外来で患者さんの診察をしていて痛感するのは、 様々な迷信や昔からの言い伝え、誰か医師以外の、物知り顔の人の断定的な情報などに惑わされている方がとても多いという事です。

また、新聞、雑誌、テレビなどで得た情報を鵜呑みにして、頭でっかちになって来院される方もいらっしゃいます。「昔からの言い伝え」には時々、真理をえぐった鋭いものもありますが、そもそも日本のメディアの伝える情報なんて、偏った一方的な情報ばかりで、話半分くらいに聞いて置かないと、ただただ振り回されるだけだと思います。

「タブーの正体!」川端幹人著 (ちくま新書)
を読むと、この辺の事情がよく分かります。

さて、はじめて来院される方の診察は、まずこの辺の誤解、思い込みを解きほどく作業から始まります。とは言え何回か来院し、お互いの信頼関係が築かれてからはサクサクと進むことになりますが、初対面から私のことを心から信用してくれる人などいませんから、この作業は結構苦労することがあります。

また最近の新たな動きとしては、あらかじめ当院のホームページにアクセスし、中には「院長ブログ」まで読まれてから来院するという方が増えて来たという事です。このような患者さんは、私の事をある程度下調べした上での来院ですので、初対面から話がとてもスムーズに進むことがあります。 

ところで膝の関節には何故水が溜まるのでしょう?それは、膝関節に強い炎症が起こり、いわゆる関節炎の状態になっているからです。 この水を抜く事の是非が、よく外来で話題になります。

基本的に水を抜く目的は、第一にどんな性状の液体が溜まっているのかの確認、第二に膝関節内部の徐圧です。大量の水が溜まっていると関節内の圧が高まり、さまざまな関節内組織への循環が阻害され、悪影響が出ますので徐圧目的で水を抜きますが、溜まっている水の量が少なければ抜く必要はありません。

また、関節炎が完全に治るまでは、水を抜いてもすぐに溜まってくるケースもありますが、これは別に水を抜いたから癖になったわけではなく、関節炎の為せる技です。要するに関節炎が改善すれば水は溜まらなくなりますし、痛みも軽減して来るのです。

我々の治療の目標は、この関節炎を如何にして鎮めるかという事になります。

体重を減らす、大腿四頭筋の筋力アップ、サポーターの装着、リハビリでの干渉波治療、関節炎治療薬の服用、ヒアルロン酸の関節内注射、足底板の作成など、様々なアプローチを駆使して我々はこの関節炎の沈静化に努め、患者さんの快適な日常生活の獲得を目指しています。 

平成24年4月2日(月)、平成24年度診療報酬改定に伴い、新システムによる外来診療が始まりました。

今回も案の定、我々整形外科にとってかなり厳しい内容となりました。中でもリハビリが受けたダメージはかなり大きく、今まで通りのスタイルで診療していると、同じ治療行為をしていながら、収入が約三分の一程に減少するという内容でした。

現在日本では、医師が行う診察の初診料が2,700円、再診料が690円と決められていますが、アメリカでは大体、初診料1万円、再診料5千円位が相場です。

高校卒業後、難関中の難関と言われる医学部に合格し、6年間の勉強の後、年に一度の医師国家試験に合格した7,500人前後の医師たちが、関連病院や大学病院で少なくとも6年以上の研鑽を積んだ後、開業医として一般の患者さんの診療に従事しています。

来院された患者さんに対し、これまで勉強した知識と経験のすべてを結集して診察し、治療計画を作成する過程に対して支払われる初診料が2,700円というのは、個人的には納得行きません。患者さんにとっては安くて良かったねというレベルの話かもしれませんが、医師の技術料に対する評価がこれほど低い国は、先進国を見渡してもあまり例を見ず、外来は薄利多売となり、3時間待ちの3分診療を生む土壌となります。

今回の改定では、リハビリだけで来院された患者さんもすべて医師のチェックを受けなくてはならないというものですが、これは如何にも現場を知らない役人の発想だなと思いました。大体、再診料という表現が不適切であり、基本診療料のような表現に切り換えるべきかと思います。

毎回診察をしなくとも、医師が治療のプランを立て、それを訓練されたスタッフが実行しながらリアルタイムで観察し、定期的にチェックを入れるというこれまでの診療スタイルは、患者さんから見ても、医師の側から見ても、極めて合理的で、双方の無意味な時間的負担を軽減するという意味で、とても素晴らしいシステムだったと思います。

しかし厚労省の決めたルールに逆らっては今後の診療が続けられないという中で、我々はプラス思考に頭を切り替えることにしました。毎回ドクターチェックを受けてもらうことで、患者さんの超早期の体調の変化を見逃さず、適切な処置が可能になったと思います。また治療のプログラムが以前よりも確実に実行されるようになることが期待され、患者さんにとってはメリットも多くなるものと思います。

大混乱の初日を過ぎ、二日目、三日目と進むにつれ、患者さんもスタッフも少しずつ、この新しいシステムに慣れて来たように思われます。 

今後の課題としては、約1.5倍に増えたドクターの仕事量であり、院長・副院長の高齢化が進む中、体力的に大丈夫かなという心配です。

これからも様々なアイディアを採用し、徐々に改良を加え、すべての患者さんに納得していただけるような診療の流れに持って行きたいと考えておりますので、これからもよろしくお願い致します。

2012年03月18日

3時間待ちの3分診療

マスコミが医療機関叩きを行なう時の常套句があります。

その代表格が「3時間待ちの3分診療」かと思いますが、他にも「薬漬け医療」「検査漬け医療」「救急患者のたらい回し」などの言葉を使い回しして、日常的に医者叩き、病院叩きを行なっています。「タブーの正体」ちくま新書(川端幹人著)でも明らかなように、偏った、恣意的な報道を得意とする日本のマスコミですが、これに振り回され、その情報操作によって事実を誤認している国民が多く存在します。私はこれまでも様々な機会をとらえ、正しい情報を皆さんにお伝えする努力をして来たつもりですが、まだまだ医療に関しての誤解は根の深いものがあるなあと、常々感じております。
 
大病院で常態化した「3時間待ちの3分診療」の背景にあるものは何か、皆さん考えたことがありますか?その一番の原因は、日本の医療費は安い、ある意味安すぎるからです。安いことはいいことだと考えている方が多いと思いますが、医療費が安いと人件費を含めたあらゆる経費が削られます。日本の病院では医療従事者の人数が欧米の半分以下なのです。少ない人数で欧米の何倍もの患者さんの治療に当たりますので、外来はさながら戦場の様相を呈し、また大部屋病棟は人間の尊厳を無視した最悪の医療環境となっています。(様態が悪く、トイレに行けない患者さんがベッドサイドで排便する光景を想像してください。便の臭いが部屋中を覆い、さながら豚小屋の様相を呈します。)

国民一人当たりの日本の医療費は、GDP換算すると世界の先進国中最低ランク、アメリカと比べるとほぼ2分の1です。医師の診察料はアメリカの5分の1に抑えられ、入院費用も日本では一日平均6,000円程度なのが、アメリカでは一日20万円以上が当たり前。このため、入院期間や費用にも大きな差が出ます。例えば盲腸の手術を受けた場合、アメリカでは一泊二日で退院し、平均200万円かかるのに対し、日本では一週間入院しても40万円かかりません。アメリカでは術後、入院費用が高すぎるので超早期に退院し、病院周辺のホテルに移動して、痛いお腹を押さえながら通院するのが当たり前です。病院を受診する患者さんの数が多ければ多いほど、待ち時間は増え、1人当たりの診察時間は少なくなります。アメリカの開業医は完全予約制(つまり待ち時間ゼロ)で、一人当たりの診察時間は大体30分位かけ、十分納得いくまで説明してくれますが、その代り大体5倍位の診察料を取られます。したがって病院を受診するのは、かなり病状が進んでからだったり、緊急の場合に限られ、軽症の場合ドラッグストアレベルで済ませてしまいます。

事実は立体であって、様々な角度から光を当て、フェアに報道しないと情報操作につながる危険があるにも拘らず、日本のマスコミはいつも、記者クラブなどの安易な情報提供組織に寄生して受け売りの報道に終始し、自分の足でしっかりと情報収集・検証し、署名入りで伝えるということをしない為、一部の偏った情報を安易に発信し、その結果、医療に関する間違った認識が日本全体に広まっているような気がします。

 皆さんも是非、3流マスコミの偏った報道に振り回されることなく、冷静に賢く情報収集に努め、正しい認識を持って行動していただきたいと思います。

来月4月は、診療報酬改定の時期です。診療報酬とは、公的医療保険制度(保険診療)における医療サービスの公定価格のことを言います。2年に一度改定されますが、平成14年には、国民皆保険制度が昭和36年に誕生して以来初めて、本体部分が引き下げられて診療報酬が大幅にダウンしました。

これは小泉内閣の「聖域なき構造改革」が医療に及んだもので、当院も一時は30%以上のダウンとなり、経常収支は開業以来の大赤字となったことを覚えています。その後も2年毎に引き下げられ、同じ治療をしていても技術料評価が引き下げられ、収入が減少するという悔しさを6年間連続して味わうことになりました。

その後、診療報酬は全体で微増という経過をたどっていますが、ここで是非皆さんに周知徹底していただきたいことがあります。それは何かというと、厚労省が発表する診療報酬の増減幅は診療科全体の平均値であるという事です。 

つまり、すべての診療科が平均して、その収入が増減するわけではないという事であって、科によって収入が増える科もあれば、減る科もあるという事です。最近では産科医や小児科医不足解消のためにその技術料を増やしたり、勤務医の待遇改善のために病院の収入を増やし、診療所の収入を減らすという策も取られています。

要するにトータルの医療費は極力抑えながら、医療の現場から大きな不満が出ないようにチマチマと調整するということが2年に一度行われているわけです。

この流れの中でいつも割を食らうのは整形外科でした。日本医師会幹部(大半は内科医)の、「整形外科医は儲け過ぎだ」という思い込みと偏見の下、毎回のように整形外科をターゲットにした診療報酬の引き下げが行われています。

しかし正しく認識すべきは、「日本の医療費は高い!」と、不勉強なマスコミは書き立てますが、世界の先進国の中で国民一人当たりGDPに換算すると、日本の医療費は常に最低のランクであり、USAの約半分であるという事実です。

こんな中、更なる医療費の削減を現場に迫る結果、医療事故は増え、医療関係者の自己犠牲的就労も限界に達し、医療崩壊の足音が徐々に強まって来ているのを肌で感じます。

今回の改正も全体では0.004%のアップと言いますが、薬価ベースでは6%のダウンであり、これは当院のように患者さんのメリットを考え、院内処方で運営している医療機関にとっては大きな負担であり、減収につながります。


いずれにせよ今回の診療報酬の改定はマスコミの発表を鵜呑みにして喜んでいられるものではないという正しい情報認識を、1人でも多くの市民と共有したいと考えています。

わたなべ整形外科は1989年(平成元年)10月に有床診療所として開院しましたが、平成14年9月に入院の受け入れを廃止し、無床診療所に組織変更しました。これに伴い、入院施設として使っていた2階の空きスペースをどう活用するか、さまざまなアイディアが浮上しました。当時は、平成12年4月に始まった介護保険事業者の認定を早い者勝ちで受け、これにより先細りとなっていた医療保険収入をカバーしようというのが大きなトレンドでした。

当院も「療養型病床群」の申請をして認可が下り、2階のスペースを有効活用する予定でしたが、熟慮の末、認可の取り消しを願い出るという事にしました。

私の知る限り、厚生労働省という所は、よく思いつきで新しい事業を始めますが、この際最初はとてもおいしい話として医療機関に提案し、その後ある程度出揃ったところで徐々に締め付けを厳しくして、その経営を圧迫して行くという方向で動く役所として認識しています。

この「療養型病床群」の話も案の定、数年後には介護報酬を大幅に削られたり、事業そのものを廃止するという方向に進み出し、施設基準に合わせて病室の改装工事までした医療機関は、散々な目にあったと聞いています。ちなみに2階は平成18年から美容皮膚科「ボヌール ビューティーメディック」となっております。

さて私が介護保険事業に参入しない最大の理由は何か、それは介護保険では原則として定額払い方式(いわゆる「まるめ」)が採用されており、利用者1人当り1日(または1回)利用、あるいは1ヶ月の利用に対し、定額払いが原則となっている点です。 

これでは患者さんに対して思い切った、質の高いサービスは提供できません。やればやる程赤字になります。医療保険のような出来高払い方式と違い、介護事業者は一定額の報酬しか得られないので、多少でも利益を生み出そうとすると、スタッフの人数や待遇、患者さんに出す食事の質などを落としたり、その他さまざまな可能な限りの経費節減に努めなければなりません。私の基本的な性格から言って、これは不可能な事なので参入しないのです。

スタッフ一人一人が待遇に満足し、やりがいを持って気持ち良く働ける環境が整って初めて、通っていらっしゃるすべての患者さんに対して自然な笑顔での応対ができるものと確信していますので、低賃金・重労働が当たり前の、現在の介護保険事業への参入は、当院の場合、余程の環境の変化がない限り、あり得ない事と考えています。

2012年02月28日

天皇陛下の心臓手術

2012年2月12日、東大病院において陛下の心臓手術(ACバイパス)が行われました。これは心臓に血液を送り込む冠状動脈という血管が動脈硬化で狭窄し、十分な血液が供給できなくなった時に行われる手術です。

私が順天堂大学の麻酔科で研修していた頃は、人工心肺を使って心臓の拍動を一時的に止めて行なっていましたが、最近はスタビライザーという装置を用い、拍動を止めずに行うのが主流になっています。またバイパスに使用する血管も、当時の大伏在静脈から内胸動脈に変わり、手術の成功率も格段に向上して来ました。

私が注目したのはこの手術を担当した、天野篤という医師です。3浪して日大の医学部に入学し、卒業後は大学の医局に属さず、一匹狼としてさまざまな病院で武者修業を続けた後、2002年、順天堂大学の心臓血管外科教授に就任し、今回の陛下の心臓手術の執刀医として東大医師団から要請を受けることになりました。日本で最高の英知が集結すると言われ、極めてプライドの高い東大の医師たちが、恥も外聞も投げ捨て、母校の医師ではなく順天堂の天野教授に手術を依頼したということは、私にとってはとてもエキサイティングな出来事でした。

私は北大卒業後順天堂大学麻酔科に3年間在籍し、ペインクリニックや小児麻酔、心臓外科手術を含む麻酔全般、救急蘇生法など多くの事を学びましたが、当時順天堂大学医学部で順大出身の教授は麻酔科の茅稽二氏だけで、他の科はすべて他大学出身の先生達で埋まっておりました。

これはこの学校の伝統なのでしょうが、優秀な人材を広く公募し、各分野で最も高い評価を受けている医師を学閥の垣根を越えて教授として迎え入れるという、極めてフェアな空気が流れており、私も含め、他大学出身者だからと冷遇されることは皆無でした。順大医学部は学生も卒業生もレベルは極めて高いのですが、パラメディカルとのコミュニケーションも良好で、アットホームな雰囲気に包まれており、バリバリ勉強も仕事もこなしながら、お洒落に遊ぶという気風があったことを、今懐かしく思い出します。

直近の事情は分かりませんが、米国ハーバード大学でも、やはり母校出身者はハーバード大学の教授には就任できないという伝統があると聞いております。人材を広く求め、内向きにならず、常に新しい血を注入することで組織は活性化し、レベルを高く維持できるのだろうなと、今改めて感じています。

2012年02月19日

国民皆保険の落とし穴

保険証一枚持っていれば、日本中どこの医療機関でも受診できるし、全国均一の料金で保険診療を受けることができます。東大病院の教授が診察しても、卒業したての研修医が診察しても患者さんの払う医療費は同じと言う訳です。しかしここに大きな落とし穴が潜んでいることに気付いていない人が多いようです。それは院内処方・院外処方についての理解が不十分なために起こって来ます。

欧米で主流である医薬分業というシステムは日本ではなかなか普及しませんでしたが、厚生労働省は医療費抑制の切り札として、近年強力な利益誘導政策(院外処方を採用した方が医療機関にとっての経営的なメリットが大きくなる政策)により、その推進に努めて参りました。「医師は薬価差益で利益を上げる為、患者さんを薬漬けにしている。」という厚労省役人の偏見と思い込みに基づき、強引に推し進められてきた「医薬分業」でしたが、残念ながら「医薬分業」となっても医師から処方される薬剤の量はほとんど変わらず、医師達は適正な薬剤を必要な分だけしか処方していなかったことが証明されたこととなり、むしろ調剤薬局の増加によって医療費を逆に増大させるという皮肉な結果となっているようです。

現在の診療報酬体系の中では、全く同じ治療を受け、同じ薬を処方されたとしても、受診した医療機関が院内処方・院外処方どちらを採用しているかによって、患者さんの最終的な支払額は約3割も違って来るということになっています。これは厚労省の指導の下、調剤薬局で実施されている意味不明、有名無実な手数料の加算により支払い額が大きく膨らんでしまう為です。 「わたなべ整形外科H/P (院長からの情報発信箱)」参照

いずれにせよ、保険証一枚持っていれば日本中どこの医療機関を受診しても、全国均一の料金で保険診療を受けることができるという話には、ちょっとした落とし穴が用意されているという事を是非ご理解いただきたいと思います。

現在足利市には、主だった整形外科の施設が7件ありますが、そのうち院内処方を採用しているのは現時点では当院だけとなっています。これは当院の基本姿勢として、常に患者さんサイドに立った、やさしくて分かりやすい医療を提供したいという強い信念の下、病院の利益よりも患者さんのメリットを優先した結果の表れと解釈していただければ幸いです。

2012年02月14日

医師会なるもの

平成22年12月31日現在、日本の届出医師数は295049人で、このうち勤務医は約6割です。そして医師会への入会率は、全体で約60%(勤務医約50%、開業医80~90%)ですが、東京都などでは新規開業医の加入率が3割とも言われています。都会では医師会活動に魅力を感じないし、入会のメリットもあまりないと考える人が増えてきているという事でしょうか?
 
日本医師会はその下部組織である47の都道府県医師会、さらに全国約920の郡市区医師会から構成されており、その最高意思決定機関は代議員会ですが、比較的高齢の会員のみで構成されております。現実問題として非常に多忙な日常の業務をこなす若手の医師たちにとって、医師会活動に参加することは時間的に極めて困難な状況です。

日本医師会というと、何か自分たちの既得権を守るために、お金の力に物を言わせて、時の政権与党に政治献金をばらまき、やりたい放題の圧力団体というイメージが強いのかなと思いますが、最近ではこのやり方は通用しなくなって来ているようです。 

この際医師会は政治献金などという姑息な手段は捨て、純然たる学術団体として常に国民の側に立った活動に専念し、国民から信頼され尊敬されるような存在となることを目指すべきであると考えます。財務省の指示の下、国民の医療費を削減する事しか考えていない厚生労働省の役人たちに対し、患者目線・国民目線で、医師としての率直な提言を発信するようになって欲しいものです。

常々不満に思っている事は、日本医師会は実は医師全体の利益代表にはなっておらず、多くの医師はむしろ日本医師会の活動に賛同していないにもかかわらず、マスコミからの批判はすべての医師達に向けられているという事です。もう少し詳しく言うと、医師全体に占める内科医の比率は約6割、医師会活動の中核となる理事や代議員の7割以上は内科医であり、日本医師会の要求は日本の医師全体の意見を集約したものとは成っておらず、その多くは内科開業医たちの利害を反映したものとなっていることが多いという事です。
 
日本医師会、県医師会、足利市医師会と眺めていて一番強く感じるのは、中核で活動する医師たちの同業者目線が先行し、患者さん目線で活動することが極めて少ないという事です。多くの医師たちが市民の健康保持と増進、地域医療の充実のために多大な貢献をしているにもかかわらず、これでは医師からも一般市民からも支持が得られなくなるのは当然かなと思います。

最近新聞で「医師優遇税制」という言葉を、久しぶりで目にしました。これは一般市民の間では、かなり誤解されて伝わっているように感じますので、少し解説してみたいと思います。

そもそもこれは、正式には「租税特別措置法26条」という名称で、離島や無医村で零細な診療所を営む開業医を支援するために設けられたもので、これをマスコミが勝手に悪意を持って?ネーミングをしたものと思われます。マスコミの報道をそのまま鵜呑みにしていると、日本中の開業医はすべて、収入の72%が経費として認められ、残り28%に対してだけ累進課税されているような錯覚に陥りますが、これは正しくありません。

正確には年間の社会保険収入が5000万円以下の医療機関(医業,歯科医業,薬剤師業,助産師業,あんま,マッサージ指圧,はり,きゅう,柔道整復師,その他の医業に類する事業を行う者)が対象です。2500万円以下(72%)、2500万円超3000万円以下(70%)、3000万円超4000万円以下(62%)、4000万円超5000万円以下(57%)の4段階に経費率が分類されており、5000万円を超える医療機関にはこの制度は適用されません。要するに、一日に5~6人位しか患者さんが来院しないような零細医療機関が、72%の経費適用に該当すると言う訳です。

わたなべ整形外科は平成元年の開業以来、おかげさまで一度もこの制度を利用することなく今日に至っております。日本医師会はこの制度の廃止には強硬に反対しているようですが、医師の大半が利用しておらず、市民からは「医者はずるい!」という誤解ばかりされるような制度ですので、ここは一度思い切って廃止して、離島や無医村で零細な診療所に従事する医師に対しては、何か別の制度を立ち上げて支援するという方がいいのではと、私は考えています。

昔から経済一流、国民一流、政治三流、マスコミ三流、外交五流と言われていますが、最近の印象としては経済二流、国民・政治・マスコミ三流、外交五流という感じです。常々思う事は国民が三流だから三流の政治家しか選べないのだと思います。政治家を非難する前に、そんな政治家を選んでしまった自分たちを恥じるべきかと思います。

ともあれ新聞・TVその他のメディアから発信される情報は、目を覆いたくなるような低レベルのものが目立ちます。記者クラブなど一日も早く廃止して、記者たちが自分の足でさまざまな情報を集め、徹底的に検証し、すべて署名入りで発表するようにならなければマスコミ三流の評価は変わらないと思うし、我々医師に対する誤解と偏見は今後も続くと思います。

先日、1人の有能な経営者として、また人生の先輩として尊敬していた方から、「お前はDoctor Merchantだ!」と言われ、大変ショックを受けました。せめて「珍しく、経営感覚を兼ね備えた院長」位に言って欲しいものだと、その時は心の中で強く反発しましたが、冷静になって考えてみると、今の40代以上の日本人にとって、理想の医師像とは「赤ひげ」なのかなと、妙に納得してしまい、これは厄介な事だと感じるに至りました。(´・ω・`)

「赤ひげ」というのは、昭和39年に封切られた 映画監督 黒沢明氏の代表作の一つで、作家 山本周五郎が昭和34年2月、文藝春秋新社より出版した「赤ひげ診療譚」を原作としたものです。「三船敏郎」演ずる赤ひげ先生が院長を務める「小石川養生所」に、不本意な形で赴任した「加山雄三」演ずる青年医師が、最初は反発しながらも、徐々に「赤ひげ」の生き方、考え方に感銘を受け、成長してゆく過程を描いたものです。

「赤ひげ」の、医師としての行動には、私心がなく、ただひたすら患者を治すことのみに思考が集約されています。常に最善の医療を提供することに専念し、自己犠牲と奉仕の精神に充ち溢れた聖人君子として描かれており、山本周五郎が練り上げた架空の人物だからこそ、まさしく人々が求める理想の医師像となっていると感じました。たしかにこういう架空の人物である「赤ひげ」と対比して、現代の医師を批判することは、実に溜飲の下がる事かも知れませんが、果たして現在の医療制度の枠組みの中で、「赤ひげ」のような人間が存在しえるのか、皆さんで考えていただきたいと思います。

我が国では、1948年頃から健康保険が普及し始め、昭和36年(1961年)に世界に冠たる国民皆保険が成立し、国民を取り巻く医療環境は劇的に改善しました。しかし1950年頃から、医療費が年々増加することを極度に恐れる厚生官僚たちにより、保険医療を担う医師たちは、医療費の請求をめぐって、指導や監査、審査によって診療の内容にまでさまざまな制約や圧力を受け始めることになりました。そして1952年10月頃から、厚生省の監査を受けた直後に自殺する保険医が後を絶たず、頭ごなしに怒鳴りつけ、反論を許さない、高圧的で脅迫めいた言葉を多用する指導技官たちの言動が、医師の人格を無視した人権侵害だとして国会でも問題になり、厚生省が追及されるという事態にまで至りましたが、なんら改善もなく経過しておりました。しかし1993年10月11日、地域医療に情熱を燃やす青年医師が、厚生技官による個別指導後自殺したことがきっかけとなり、マスコミを巻き込んだ社会問題へと発展する事になりました。

「開業医はなぜ自殺したのか」矢吹紀人著(あけび書房) 

この事件後も多少改善されたとはいえ、基本的には指導や監査の強化を通じて、医療費を削減する事を目的とする政策が現在も行なわれているのが日本の医療の厳しい現実です。

現在でも厚労省は一貫して医療費抑制策を採り続けており、医療機関の経営状況は年々悪化しているというのが現状ですが、何の企業努力もせず、厚労省の指導通り漫然と診療を続けているとどうなるか、全国の国公立病院の8割が赤字という数字が示す通り、多くの医療機関が破たんします。アメリカのおよそ半分の医療費で、世界最高水準の日本の医療が維持されているのは何故か? それは医療関係者の自己犠牲ともいえる、ひたむきな努力がこれを支えているからに他なりません。  

「日本の医療に未来はあるか」鈴木厚著(ちくま新書)参照

今の時代「赤ひげ」のような医師が診療所を開設すれば、まず間違いなく一年以内に倒産します。経営感覚の乏しい人間が組織を率いることになると、現在の診療報酬のシステムの中では、まず間違いなく大赤字です。

常に患者目線で、患者さんにとって最高の医療を展開する事を目指し、しかも窓口での患者さんの負担を極力抑えながら、職員の待遇も高く維持する為に、院長には、ある時は医師として、そしてある時は経営者としての、二つの顔を持つことが求められていると認識しており、この姿勢を「Doctor Merchant」としてしか見ることができないのは、かなりさみしい話かなと思います。