わたなべ整形外科関連

2011年10月31日

院長という立場

知り合いの社長さん達と飲む機会があります。そんな時いつも感じるのは、彼らには自分に比べ、自由に使える時間がたくさんあるという事です。平日堂々と社用でゴルフをプレイし、海外で行われるオリンピックの見物にも出かけることが出来ます。

有能な経営者というのは、自分が不在でもきちんと動く組織を創り上げた人であると、誰かに言われたことがありますが、当院のような小規模の医療機関には当てはまらないようです。

私の場合、毎朝8時半までに出勤し、朝のミーティング、そして9時から夕方の6時半の受け付け終了まで、ほとんど一歩も外に出ることもできず、家に戻るのは最後の患者さんが帰り、会計が閉まり、すべての業務が完了してからですから、日によっては相当遅くなります。

また昨年9月からは祝祭日の午前診療も始めたので、プライベイトな時間は減る一方です。今書いているブログの原稿も、院長室で打っていますので、わたなべ整形外科で過ごす時間は、増える一方です。

夏にはいつも私と福先生と交代で1週間ずつ、慶應病院からかなり優秀な代診の先生をお願いして夏季休暇を取りますが、受付まで来た患者さんの中には、院長不在が分かると、リハビリも受けずに帰ってしまう方も大勢いらっしゃいます。
 
この仕事の特殊性を説明するのにとても有効な事例かと思いますが、何しろ一般企業の社長さん達のような訳には行きません。

また、一流企業の役員クラスになると、最前線で一兵卒のような仕事をする機会は殆ど無くなり、仕事で交流する相手もかなり絞り込まれ、会話もスムーズに進行することと推察いたします。

しかしドクターは全く違います。いくら経験を積み、知識が増え、診断、治療の技術が向上し、ついでに年齢を重ね、円熟期に入っても、そんなことは一切お構いなし、毎日、常に最前線の一兵卒です。

大きい会社のように部下たちが最初に面会し、絞り込んでくれる事もなく、時々とんでもない患者さんに遭遇し、途方に暮れることがあります。

福先生がよくおっしゃっていますが、患者さんはドクターを選べますが、我々は患者さんを選ぶことはできません。しかし、数ある医療機関の中から我々の施設を選んでいただいた患者さんに対して、最大の満足を得ていただけるように努力すべきであるという責任は感じています。

確かに、やり甲斐はあります。自分を信頼して通って来ていただいている多くの患者さん達と接していると、医師という職業を選んでよかった!としみじみ感じる場面は多々あります。しかし人生の大半をこの狭い空間で過ごす、という現実も受け入れなければなりません。

自由にのびのびと、自分の時間を創り出し、たった一度しかない一生を大いにエンジョイしている仲間たちを見るにつけ、少々複雑な想いが忍び寄る秋の夜長でした。

長い文章、最後までお読みいただきありがとうございました。

2011年10月24日

1人の開業医として

私は18歳まで足利で過ごし、18年間、外の世界で修業をし、36歳で故郷に戻り、1年1ヶ月足利日赤の整形外科に勤めた後、「わたなべ整形外科」を開業しました。

開業23年目に突入した今、振り返ってみると、実に様々な患者さんとの出会い、そして別れがありました。

順天堂の麻酔科でみっちり、救急蘇生その他のトレーニングを受けたおかげか、当院内で不幸な転帰をたどった患者さんは一人もいらっしゃいませんが、開業以来の長いお付き合いになっている方は、たくさんいらっしゃいます。

「あんた、私より先に逝っちゃダメだよ! 

「死ぬまで頼むね!

「ここに来ると、どこよりも気持ちが安らぐよ 

「ほかの先生の前じゃあ言えないけど、あんたになら何でも言えるよ 

「ここの病院に来るのが、一番の楽しみなんだよ!

「あんたの顔を見ると、気持ちが落ち着くよ 

さまざまな言葉を外来でいただきますが、そんな中、耳元でこっそり

「先生、今日はどこも悪いとこないんだけど、仮病を使って会いに来たんだよ。こうしないと先生に会えないからねえ!」

という患者さんがいました。当時から随分御高齢でしたが、いくつか大病して再起不能か?という所まで行きながら奇跡のカムバックをして今日に至っています。

最近では年に4回開催される、コンサートの時しかお会いできませんが、10月13日(木)に開催された第85回院内コンサートにもしっかり参加していただき、元気なお姿を拝見する事が出来ました。

これからも多くの患者さんに、元気をいただきながら、ささやかながら、地域医療に尽力して行きたいと思います。

平成元年1016日(土)「わたなべ整形外科」は誕生しました。この日は足利市民会館で盛大なセレモニーが行われ、1018日(月)から、本格的な診療が始まりました。


今でもはっきり覚えていますが、当日は57人の患者さんが来院されました。当時、診療は9時~12時、15時~18時の受け付けでしたが、午前の部が終了したのが午後3時半、午後の部が終了したのは午後8時半でした。終了後、18人の職員全員、へとへとに疲れていましたが、妙な高揚感と充実感に包まれていたのを覚えています。


開院当初、入院患者さんを受け入れていましたが、整形外科の進歩に伴い、入院を要する方が減少したため、平成149月から、無床診療所に組織変更しました。また、平成41月からは、「医療法人もみの木会」として、経営の近代化を果たし、平成186月には、2Fに美容皮膚科「ボヌール ビューティーメディック」を誕生させ、診療項目に追加しました。


平成101月から、来院患者さんの為の「無料送迎バスサービス」の開始、また、リハビリでは昼の休診時間を廃止し、朝から晩までノンストップでリハビリが受けられるようになり、診療受付時間も午後の部は6時から6時半に延長されています。さらに平成229月からは、祝祭日も午前のみ、診察・リハビリが受けられるようになりました。


時代の流れに逆らわず、いつもちょっと先を読み、しなやかにその形を変えながら歩んで来た22年間だったと思います。その根底に流れるのは常に「患者さん目線」で医療を見つめ、その求めるものを実現し、提供するという、謙虚で地道な姿勢でありたいと考えています。


現在では、50人の大所帯となりましたが、院長として願うのは、全ての職員がこの精神を共有し、「笑顔」「親切」「信頼」という開院以来のモットーの下、患者さんに「希望を与え続ける組織」の一員であることを自覚して行動して欲しいという事です。


開院記念日ということで、ちょっと興奮気味の院長でした。


私は外来をしていて、患者さんから「先生の所の職員さんは皆さんキレイな人ばかりですが、これは先生の趣味ですか?」と、たびたび聞かれます。正直な話、自分の好みで職員を集められるほど余裕はないというのが実態ですが、ココは一番、余裕の対応で、あえて否定も肯定もせず、曖昧なオリエンタルスマイルでごまかすことにしています。

私が新入職員の面接試験の際、一番心掛けているのは、顔やスタイルの良し悪しではありません。どんなにキレイで頭脳明晰、スタイルも良くても、可愛気の無い人は採用しないことにしています。私が一番求めているのは、心根の優しい、デリケイトな気配りのできる、可愛気のある人です。

私共の職員の中には、採用後どんどんキレイになって行く人もいますが、これは困っている患者さんに奉仕するという、医療機関ならではの、聖職に従事するうち、自然と、内面から美しくなって来たのではと、私は勝手に推測しております。

2011年09月27日

MRさん

みなさんの中で、毎週水曜日の夕方、わたなべ整形外科の待合室後方に、ネクタイをしめスーツをビシッと着込んだアラサーの紳士たちが10数人、少し遠慮がちに、しかし背筋をピッと伸ばして座っているのを、見かけた方はいらっしゃいませんか?

彼らはMRと呼ばれる人達です。正式には「Medical Representative」と呼ばれ、製薬メーカーや薬問屋さんの社員で、主に自社の薬に関する情報提供、情報収集、販売促進活動などを担当する営業職です。

当院で開催される、さまざまなイベントに参加したり、裏方さんとしてサポートしてくれたり、毎週木曜日午後のテニスでは、一緒にプレイを楽しんだりしています。

大体、ウィークデイの昼間、テニスの相手をしてくれる人を探すのはとても大変な事ですが、彼らは半分仕事、半分自分の健康管理の一環のような不思議なシチュエイションで、よく私の下手なテニスに付き合ってくれます。

先日は、6年程当院を担当してくれたMR伊藤さんの送別会がありました。

事務の女性達の強い希望で、開かれた送別会でしたが、アットホームな楽しい集まりになりました。「イル・ガット」の料理は、今回もおいしくて、ワインとの相性も良く、町田・日比野ペアの作品は今回も二重丸でした。

2011年09月21日

台風の被害状況

台風15号は、今夜9時半頃、日本各地に大きな被害をもたらしながら、福島県沖の太平洋上に抜けた模様です。

今回当院の被害は、北側からの強烈な、横殴りの風雨に曝された為、1階トイレ、リハビリ、2階手術室隣室の換気扇排気口から雨が侵入した事位で済みました。

しかし、2階のボヌールではお客様のキャンセルが目立ち、また当院外来も、午後は患者さんが少なく、閑散としていました。そんなわけで、まるで計画停電の時を思い出させるように、経済的被害は甚大でした。

それにしても足利市全体の被害は、今回も極めて軽微で済みそうです。

最近聞いた話ですが、東京に本社のある、大手香辛料メーカーが、足利は自然災害が極めて少ないので、工場誘致を決めたそうです。そう言われてみれば確かに、地震は少ないし、水道の水は渡良瀬川の地下伏流水だから安全で、水不足の心配もないし、渡良瀬川の治水工事はほぼ完成していて洪水の恐れもない。足利に工場を誘致する際のセールストークに使えるなあと感じました。

日本各地で自然災害が発生する度に、被害に苦しんでいる方たちには本当に申し訳ないのですが、足利に住んでいる幸せを実感しています。

2011年09月19日

祝祭日の診療

わたなべ整形外科では、2010年9月から、祝祭日は午前中のみ診療をしています。祝祭日が1ヶ月に1回の時は院長、2回の時は副院長と交代で担当し、スタッフの数も多少減らし気味でやっていますが、今日は私の担当でした。

途中まで順調に流れていたのですが、アキレス腱断裂の患者さんにギプスを巻いたり、草刈り機に手指を巻き込まれた挫滅創の急患が来たりで、診察の待ち時間が少し長くなってしまいました。

申し訳なかったなあと、反省しきりです。

しかし祝祭日は、ドクター2人で診療する程の外来数ではないので、悩ましい所です。何とか1時半頃に外来終了し、5分で昼飯を済ませてから、今日は来年採用する新入職員の採用試験でした。

私も面接に立ち会いましたが、今回はリハビリと事務に、それぞれ2人位ずつ採用する予定です。  

今年もまた、インフルエンザ予防接種のシーズンがやって来ました。わたなべ整形外科では、例年通り、10月1日(土)から12月中旬頃まで実施いたします。

今年のワクチンは、昨年同様、新型(今はこういう言い方はしないようですが、)にも、従来の季節型にも有効なものとなっておりますが、小児に関しての接種方法が大幅に変更になりましたので、ご注意ください。

インフルエンザは毎年流行しますが、その最も有効な予防法は、流行の前に予防接種を受けることです。

今回接種されるインフルエンザHAワクチンは、接種後約2週間で効き始め、その後約5か月間、インフルエンザに対する予防効果が持続し、また、たとえインフルエンザに罹ったとしても、軽く済むと言われております。

初冬から春先にかけての流行に先駆け、早目に予防接種を受ける事をお勧めします。特に受験生や御高齢で体力の低下されていらっしゃる方など、ワクチンが品切れになる前に、接種された方が、よろしいかと考えます。

2011年09月06日

マイチャレンジ!

今日から3日間、マイチャレンジの中学生が2人、わたなべ整形外科の院内各所に出没します。

これは、「心の教育」の一環として、中学2年生が連続3日間、学校を離れ、地域に出て、社会体験活動を行なうもののようです。

私の母校、足利市立第3中学校からやって来たこの2人に、充実した楽しい3日間を、みんなの協力で提供してあげようと思います。

いつ始まった事業なのかわかりませんが、運用の仕方によっては、とても素晴らしいものになるのではと感じます。自分の中学生時代を振り返ってみると、将来どんな職業に就いたらいいか、皆目見当がつかない状態でした。自分が興味を感じている職場に入り込み、その内側から体験できるというのは、とてもエキサイティングなチャレンジだと思います。

今の子供たちは本当に恵まれてますね。

2011年08月30日

事務長の秘密

「わたなべ整形外科」では、外来が異常に混雑して、待ち時間が長くなり、看護師さんたちの手が足りなくなることが時々あります。

こんな時、皆さんの中に、事務長が患者さんに注射をしている場面を目撃した人はいませんか?

この光景を初めて見た人は、いくら混んでいて人手が足りないといっても、これはちょっとまずいんじゃあないのと思うかも知れません。でもこれは違法行為ではありません。

何故ならば事務長は、

な な なんと

准看護師の資格を持っているのです。

彼は、昭和60年(1985年)、私がお隣太田市の総合太田病院に赴任した際、整形外科病棟に勤務しておりました。当院開業後まもなく合流し、現在に至っておりますが、まさに私の片腕として、さまざまな顔を持ち、大活躍の日々であります。

また、つい最近までラリードライバーとして、様々なレースに出場し、たびたび優勝しておりましたが、ようやく最近足を洗ったようです。

そんなわけで、今度事務長が患者さんに注射をしている場面に出くわしても、皆さん、是非冷静に対応していただきたいと思います。