わたなべ整形外科関連

様々な誤解があるようですので、当院の無料送迎バス導入に関する事実関係を記載したいと思います。そもそも来院患者さんの為に、無料の送迎バスを運行しようと発案したのは、平成元年10 月の、当院開業の 1 年位前だったと記憶しています。当時の私は新規開業に向け、期待と不安の入り混じる中、これまでの勤務医時代に蓄えた様々な知識や経験の整理、そして勤務医時代には成し得なかった新システムの導入に向けて、希望に燃える日々を送っていました。常に患者さんの視点から発想し、「こんな病院あったらいいな」をテーマとして掲げ、志を同じくする仲間達と定期的に会合を重ね、熱き思いをぶつけ合う中で、無料送迎バスの提案もありました。自分で通院する手段を持たず、家族のサポートもまま成らぬお年寄りに対し、救いの手を差し伸べるという発想はとても自然であり、困っている人を助けるという、医療の原点に立ち帰るものと感じました。また整形外科診療の特殊性を考えると、リハビリ治療も含め、最低でも週に 2 回程度の通院を要する事や、膝や腰その他、身体各部に疼痛を抱える患者さんに対して、無料の送迎バスを利用していただくという発想は、とても自然な流れの中から生れて来たものでした。 この一連の経過の中で、足利市医師会への入会申請の際、バスによる送迎サービスのプランをお伝えした所、それは他の会員の迷惑になるので、医師会として認めるわけにはいかないという見解をいただきました。まったくの新規開業であり、相談する相手が誰もいない孤立無援の身としては、不本意ながらこの指示に従い、送迎バスのプランは諦めて開業することにしました。しかしそれから数年後、島田町で新規開業された「みくりや整形外科」さんでは、なんと開業と同時に送迎バスサービスを始めたのです。これには私も釈然としないものを感じましたが、当院外来への影響も無い事から、とりあえず静観を決め込む事に致しました。ところがまもなく、当院通院中の患者さんから、送迎バスの話題が、診察の際に持ち出されるようになって来ました。最初は医師会の意向に背いてまで行動するのは如何なものかと、適当に言い訳をしてごまかしていたのですが、毎日毎日10数人規模で訴えられ、その後、送迎バスサービスを始めて欲しいとのラブコールにまで発展し、とても自分1人では抑えきれない状況となって来ました。そこで思い余って知り合いの医師会理事に電話をし、理事会で送迎バスの問題を議題として提出し、これに関する足利市医師会の公式見解を出してくれるようにお願いしました。もし OK なのであれば、当院としては直ちにその導入に向けて動き出すし、NO と言う事であれば、医師会として何らかのアクションを起こして欲しいとの旨お伝えしたわけです。その後の詳しい経緯は分りませんが、いずれにせよそれからまもなくして、足利市医師会長の名前で、市内のすべての医師会員に宛てた文書が配布されました。その内容は、「足利市内の生活路線バスが廃止され、通院に不便を感じていらっしゃる患者さんの為、無料の送迎バスを運行する事は悪い事ではない。但し競合する医療機関の前で、患者さんを乗降させることは慎むべきである。」といったようなものだったと記憶しています。文書入手後、医師会事務局に電話で問い合わせた所、やはり書面の通りであり、バスによる送迎は問題ないと言われました。これを受けて当院では直ちにプロジェクトチームを立ち上げ、平成 9 年 11 月の 1ヶ月間をかけ、来院しているすべての患者さんを対象に、アンケート調査を行いました。そして両毛タクシーさんの協力も得て、送迎を希望するすべての患者さんを網羅する形でバスの走行路線図を作成し、停車する場所、時間など何回も試験走行を繰り返しながら徐々に詰めて行きました。また地区別に、バスによる送迎を希望する患者さんの名簿を作成し、バスの送迎時刻に変更が生じた場合は、送迎の前日ないし早朝に、職員が一軒一軒電話連絡をするなど、極めて根気の要る作業の連続でした。このような状況の中、平成10年1月4日に何とかスタートを切った送迎サービスですが、やはり予想通り、外来の来院患者総数は送迎スタート前と殆んど変わらないというものでした。これまでタクシーや家族に頼っていた方が、送迎バスを利用して、お金の心配をする事も、家族に気兼ねする事もなく来院できるようになったものと解釈しています。現在当院 1 日外来総数の 5%前後の方が送迎バスを利用し来院されていますが、経営的には全くの不採算部門です。「これ以上儲けてどうする?」「こんなことやるから益々外来が混んで、私達の待ち時間が増えるから止めて欲しい」など様々なご意見がありますが、このサービスを続けている理由は唯一つ、患者さんから寄せられる、心のこもった数多くの感謝の言葉があるからです。以前、足利日赤前院長の小野康平先生から「医の奉仕」という著書をいただきましたが、社会的弱者の立場にある方に、多少でもご奉仕出来るのであれば医師としてこの上ない幸せと考えています。こんな中、平成 16 年 8 月の足医月報、第491 号において、「送迎バスサービスは患者集めを目的とした行為でもあり、不当な競争が惹起される恐れや医療コストを押し上げることとなり、法的に問題無いとはいえ控えるべきとの意見が多かった。」という理事会報告の記載がありました。私は送迎バスサービスを中止する事は、それが足利市医師会の強い要望ということであれば従うつもりでいます。しかし問題があります。それは、こういう類のサービスは、始めるのは簡単ですが、中止するのがとても難しく、送迎バスを当てにされている患者さんの理解が、はたして得られるかという事です。恐らくパニックに近い大混乱が生じ、最悪の場合、足利市議会やメディアで大きな社会問題として取り上げられる可能性があります。現在私が考えているソフトランディングの方法としては、足利市に依頼し輸送手段として、「メディカル・シャトルバス・サービス」のようなものを立ち上げてもらい、医師会としてもこの事業に多少のサポートを行い、またこのサービスを利用する医療機関は、その利用頻度に応じて相応の負担をするといった内容です。様々な議論のある所かと思いますが、当院としては医師会の意向を無視して勝手な行動をしているという認識は全くありません。むしろ朝令暮改の如き印象を受けかねない、今回のような問題提起に当惑しているというのが率直な印象です

           初回投稿日  2011.4.7  改訂版投稿日 2021.5.21

 COVID-19との戦いが始まって一年以上経過しましたが、我が国においては一向に感染収束の気配が感じられない状況にあります。世界に目を転じるとコロナ対策において各国がその英知を結集して取り組んでいる姿が見えて来ます。国によって、その対策に成功し市民生活がコロナ前の状況に戻りつつある国もあれば、依然として感染拡大が続く国もあります。

 こんな中、コロナ封じ込めに成功している国に共通するのは、トップに立つ人間の確固たるリーダーシップであり、国民との信頼関係の構築です。台湾の蔡英文総統、ドイツのメルケル首相、ニュージーランドのアーダーン首相、シンガポールのリー・シェンロン首相など、TVカメラの前で官僚の用意した原稿をたどたどしく棒読みするのではなく、自分の言葉で情熱的に訴える姿には胸を打たれるものがあります。専門家と政治家がタッグを組み、リーダーはエビデンスと信念を持って最善の政策を国民に提示し、説得力のあるメッセージを伝える。有能なスタッフをコネではなく実力本位で採用し強い権限を与え、何のしがらみもなく存分に活躍できる場を提供するリーダー達の器の大きさに、ただ感服させられます。それにつけても我が国の政治家たちの悲惨ともいえるレベルの低さ、integrity(誠実、真摯、高潔)の欠如、そしてそれを支えるべき官僚たちの誇りを失った忖度行動、さらにはジャーナリスト達の、権力に媚び真実を伝えぬ報道姿勢を見るにつけ国家全体としての「知の欠如」を思い知らされ日本国存亡の危機であると日々感じております。


 批判ばかりしていても問題解決には至りません、COVID-19対策を自分なりに考えてみることにしました。
先ず我が国が抱える最大の問題点は、COVID-19対策を統括する絶対的な権限を与えられたリーダーが不在であるということです。誰も責任を取らない体制で動いている為コロナ発生から一年以上、現在に至るまで無為無策が続いています。

 WHO が推奨するコロナ対策は検査・追跡・隔離(Test Trace Isolate)「略してTTI」でありますが、コロナ対策として真っ先に進めるべき感染状況の把握が厚労省医務技監によって制限され遅々として進んでおりません。検査をすると大量のPCR陽性患者が病院に押し寄せ、医療崩壊に陥るなどという妄言に惑わされず、ここはもっと民間の力を活用し、PCR検査や迅速抗原検査など、エリアを設定した上もっと大々的に無料で実施し検査体制の大幅な拡充を図ること。そうして得られた情報はすべて公開し、これを戦略的に活用すること。また台湾のように強い権限を持って各省庁を指揮監督できる「中央感染症指揮センター」のような組織を新設し、指揮命令系統の強化と横の連携・協力を促進する体制を構築すること。

 こんな中、台湾で私が特に印象深いと感じた人物は日本の厚労大臣に当たる「陳時中」さんです。彼は2020年2月から連日午後2時から時間無制限で、すべての質問がなくなるまで記者会見を開き続けていた「鉄人大臣」という敬称のある方です。日本の政治家たちが開催する、時間が驚異的に短く、しかも質問にまともに答えようとしない不誠実な会見とは大違いです。台湾ではこうした会見を通じて国民と政府との間に強い信頼関係が構築され、国が発令するコロナ対策もスムーズに進んだのではないかと感じました。 


 さて検査陽性者に対しては、これを無症状、軽症、中等症、重症に分類し自宅待機で済む無症状者からエクモの使用が必要な重症者まで、その搬送先を適切に行えば現状の医療資源の最大活用で乗り切れるし、医療崩壊も防げると考えます。

 具体的には無症状や軽症の方はその程度に応じ、自宅待機か中国の如くプレハブ式の簡易病床を設営し収容する。中等症~重症の方はコロナに特化した新設の専門病院や既存の高度医療機関で分担して受け入れるなど。

 こんな中、都立広尾病院等の高度医療を展開する総合病院をコロナ専用病院にするというプランは医療資源(高度な設備とマンパワー)が無駄になるという意味で中止すべきです。また感染経路の徹底した追跡を通じてクラスターを潰し、飲食に限定せず感染機会の多い施設の営業停止とそれに伴う十分な補償をセットで行うこと。さらにコロナ治療薬やワクチンの日本国内での開発・製造については国家戦略上の最重要課題として捉え、国として製薬メーカーに対し十分な支援を行うこと。そしてこれまで「アベノマスク」の118億円超の無駄遣いに始まり持続化給付金に関わるペーパーカンパニーによる中抜き20億円等々、COVID-19に関連した夥しい税金の無駄使いを改めて徹底的に検証・総括し、決してうやむやにせず、その責任者を厳罰に処することで再発予防に努めること。

 こうした地道な作業を検察が政治家に忖度せず断固として実行することで国民の政府への信頼も幾らか回復するのではないか、また新型コロナ感染症というこれまで経験したことのない国家の一大事ではありますが、これをある意味我が国の抱える様々な問題点をあぶりだし改革する絶好の機会であると捉え、心ある政治家達は超党派で結束し直ちに行動を起こすべき時が来たと考えます。

武漢発の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威が止まりません。

世界全体で見ると2021年1月27日、感染者数はついに1億人を超え、現在も急増中です。こんな中、ワクチンの開発そしてその接種が大きな話題となっております。

現在7種類のワクチン開発プロジェクトが世界の巨大製薬メーカーにより急ピッチで進められており、一部のワクチンについては既に世界各地で接種が始まっています。通常5年以上かかると言われているワクチン製造ですが、今回は遺伝子を利用した手法により次世代型ワクチン(遺伝子ワクチン)と呼ばれるものが登場し、開発スピードが速くしかも安価であるということで供給ワクチンの主流となっています。

 ファイザー社、モデルナ社、アストラゼネカ社などが代表的であり、既に日本への導入が決定しています。問題点としては効果判定がいまだ不透明であることやどんな副反応が想定され、それがどの程度まで抑え込めるかという点にあるかと思います。さてワクチンの接種順位について厚労省は諸外国に倣って①医療従事者②65歳以上の高齢者③基礎疾患のある人、高齢者施設等の従事者としておりますが、世界中でワクチン接種に伴う重篤な副反応が報告される中、医療機関の方お先にどうぞと言われてもちょっと躊躇する所ではあります。本音としては世界中でこの新しいタイプのワクチン接種の実施が拡大し、今から半年くらい経ってその有効性、安全性が確認されてから接種を受けたいと考えています。ワクチンの有効期間に関しても3〜6ヶ月という情報があり、今接種してもCOVID-19 が比較的鎮静化する夏頃に効果のピーク、そして再び暴れだす秋から冬にかけて予防効果が消えている可能性があります。現在、世界の大半の先進国ではコロナワクチンの治験が既に終了し接種が始まっていますが、日本では今頃になってようやく治験が始まろうかという段階であり、その後薬事申請、承認となる訳ですが、一体いつになったらワクチンが届くのかも不明であり、実際の接種時期は不明です。ワクチン開発を国防上の最重要課題と位置づけ、国家として膨大な額の資金を提供し民間からの投資も併せて各ワクチン開発メーカーに1,000億円以上の潤沢な資金が投入され、一気にその開発に成功した諸外国と比べ、我が国では早い段階で国内の開発メーカーが資金的に頓挫してしまい、現状認識能力に乏しい政府からの支援は雀の涙程度ということもあって、早々と国際的なワクチン開発競争から脱落してしまったことが無念でなりません。 2021.2.2

最近のコロナに関する一連のメディア報道を受けて、私が毎回違和感を覚えるのは医療機関に関する部分です。簡単に言うとマスコミ側の勉強不足が目立ちます。何故医療危機なのか、何故医療崩壊なのか?その根本原因にまで切り込んで情報収集し報道するジャーナリストが不在です。政治家やある程度インテリジェンスの高いオピニオンリーダーも含め、日本の医療に関する正しい知識が不足しております。COVID-19感染者が増加して医療現場が逼迫し、追い詰められ燃え尽きたナースや医師たちが次々にコロナ最前線から離脱して行く現実を一般市民たちはどう捉えているのでしょうか。恐らくはマスコミがこの状況の背景を正しく伝えていないため多くの誤解や偏見が生じていることと思いますが、これらの主な原因は日本の医療費が安すぎるという所にあると私は確信しております。簡単に言うと米国の病院では医師、ナースを含めたすべての分野で日本の約10倍の職員が働いています。これだけ大勢の職員を雇えるということはそれだけ病院の収入が多いということです。初診料、再診料、検査費用を含め、あらゆる技術料が日本の5倍前後高く設定されている米国では病院内での分業が徹底されており、ナースがシーツ交換や院内清掃、患者さんの運搬などをしておりません。ハウスキーパーや患者運搬係、ドクターエイド(医師の診察をサポートし電子カルテを打ち込むなどの業務をする秘書)などなど日本には無いさまざまな職種があり大勢のスタッフが働いていて、医師やナースは専門職にしか出来ない業務に専念することが出来ます。外来診療に関しても、日本の医師は毎日米国の8倍の数の患者さんを診察していますが、一回診察当たりの平均医療費は米国の1/10、給料は米国の半分です。ナースに関しても給料は米国の半分位と考えて間違いありません。こんな中、厚労省がここ10数年医療費削減のアクセルを踏み続けた結果、全国の大半の公立病院は赤字となり、それ以外の医療機関も経営的に疲弊し切っており、十分な人材を確保することが出来ず慢性的な人手不足となっております。これは正に「日本の医療を問い直す」の著者、鈴木 厚氏の語る、「医療関係者の献身的な自己犠牲の上に成り立つギリギリの綱渡り的経営状況」そのものと考えます。また平成8年頃から厚労省は全国の保健所の数を800から500前後にまで減らしており、その状況下、人手不足の現場でCOVID-19に対する万全の対応が困難であったのは当然と言わざるを得ません。広く国民から集めた税金をどう使うべきか、政治家や行政担当者の責任は極めて重く、ここは大いに猛省し世界標準の診療報酬制度に少しでも近づけるよう改善して欲しい所であります。  2020.12.17

2020年11月10日

Go To キャンペーン

 新型コロナウイルスの影響で苦境に立たされている観光、運輸、宿泊、飲食その他の業種を支援するため、7月22日GoToキャンペーンなるものがスタートしました。これは本来「感染症流行収束後」に政府が1兆6794億円の補正予算を投じて官民一体となって取り組む企画ということでしたが、今回前倒しで実施されることになったようです。世界中で猛威を振るい、未だ収束どころか感染者が増える一方のCOVID-19ですが、この感染症の厄介なところは感染に伴う身体へのリスクもさることながら経済に壊滅的なダメージを与えるということであります。巷ではブレーキとアクセルという表現を用いていますが、感染症対策と経済対策をどう両立させるか、とても悩ましい問題だと思います。こんな中政府は経済対策に大きく舵を切る政策を打ち出した訳ですが、この方法論について個人的にはかなり疑問を感じています。一例をあげると持続化給付金の際にも噴出しましたが、困窮する対象者に遅々として現金が届かず、それどころかその給付の過程で電通その他の組織がピンハネをするという構図です。困っている事業者を助けることは喫緊の課題であり大賛成ですが、その政策の進め方が拙劣でとても納得の行く内容ではないと感じています。一番問題だと思うのは、ITを使いこなし情報のアンテナが高い人達と情報弱者との間に大きな不公平が生じていることです。知っている人だけ得をする政策に対して全国民から集めた税金が偏って投入されるという現実に違和感を覚えます。また生活に困っている人に対して旅行や外食を勧めても現実的ではありません。さらに言えばお得感があおられる弊害でお客が高額の宿泊施設やレストランに集中し、それ以外の事業者には支援の手が届いていないことも問題です。そもそもの趣旨からすれば、困窮している事業者すべてを対象としてサポートすべきなのに支援が偏っており、さらには支援金の届くのが遅すぎること。ドイツやイギリスで実行されているように、本当に困っている事業者を精査してスピーディー(1週間以内)に直接資金援助すること、これこそが本当に困っている事業者を救済することであり、税金を投入するに当たっての不公平感が無くなる道ではないかと私は考えています。

                                   2020.11.9

2020年08月02日

レジ袋有料化に思う

 2020年7月1日から環境省の指導の下、プラスチックごみ対策の一環として、プラスチック製レジ袋の有料化がスタートしました。世界の先進国の取り組みに比べると大分遅きに失した感は否めませんが、とりあえず評価したいと思います。当院でもこの政府の方針決定に対してどういうスタンスで臨むべきか大変悩みましたが、最終的にはこれまで湿布や薬袋を入れる為にお渡ししていたプラスチック製レジ袋の使用を全面廃止することにしました。当面この新たな取り組みが定着するまでは会計窓口での混乱が予想され、いろいろ御迷惑をお掛けすることになるかと思いますが、レジ袋提供廃止の趣旨を御理解いただき協力をお願いしたいと思います。
さて今の世の中プラスチック製品は日常生活の至る所に溢れており生活を便利にする反面、不法投棄により年々増え続ける海洋プラスチックごみは世界的に深刻な問題となって来ております。とりわけ海に流れ込んで時間をかけサイズ5mm以下のマイクロプラスチックとなった粒子はそれを取り込む海洋生物に深刻なダメージを与え、食物連鎖を通じて最終的には人類にまで多大な悪影響を及ぼし始めています。こんな中、不法廃棄されるプラスチック製レジ袋は海洋プラスチックごみ全体の約2%と言われております。つまり今回のレジ袋有料化問題の本丸は別の所にあり、目指すべき着地点は不法投棄されるプラスチックごみを限りなくゼロに近づけるべく市民の意識レベルを高めることであると考えます。当院が有料化ではなく敢えて廃止を選択した理由は不法投棄されるレジ袋を少しでも減らす事でありますが、役割を終えたすべてのレジ袋がダイオキシンを発生させない焼却方法で適切な施設で処理されておれば全く問題のない話であり、レジ袋に罪はないと思っています。
地球環境の悪化は既に待ったなしの段階にまで立ち至っております。我々人類は決しておごることなく、常に地球上に生息する多様な生物との共存を考え、日常の生活が今より多少不便になったとしても地球にやさしいライフスタイルを選択すること。そして次の世代に対し断固たる決意を持って、美しい自然に恵まれた地球環境を残すことを約束し粛々と実行すべきであると考えております。
                           2020.8.1

2020年06月28日

My Life (わが人生)

人間とは、この世に生を受けた直後から死を運命づけられ、そのゴールに向かって全速力で走り続ける生命体であるという現実感が最近たびたび私の脳裏をよぎります。大学2年の夏、バックパッカーとしてヨーロッパを3ヶ月ほど旅していた時、ちょっと不思議な体験をしました。それは昨日の自分と今日の自分が変化していることを実感するというものでした。これが、何と旅行中ずっと続きました。刺激の少ない地方都市に育ち、典型的な体育会系人間として中高6年間を過ごした田舎者が、シャイでコミュニケイション能力の極めて劣る状態でのヨーロッパ一人旅でした。旅行中、別ルートで欧州入りした同じ大学の同級生と時々行動を共にしたり、また離れたりしながら、基本一人旅の状況でした。何しろ毎日を生き抜くことに必死で、周りはオールイングリッシュの中、ひたすらアイコンタクトを取り、英語で考え英語で交渉し、昼間は現地で仲良くなった外国人旅行者たちと一緒に観光し、夜は夕食後毎晩のように、若者ばかりの安宿で繰り広げられる多彩な国籍の若者達とのディベートに参加し、何故か勝手に日本を背負って発言するという3ヶ月でした。おかげで帰国後は全く別人格のように変貌し、人前でも自分の考えをしっかり開陳出来るようになれた気がします。旅行を通じて得たものは数え切れない程たくさんありますが、その中でも特に人種の壁を超えることが出来るようになれたこと、そして「人は必ず死ぬ」だから、せっかくこの世に生を受けたんだから、「瞬間瞬間が人生」というような悔いの残らない時間の使い方をしようと考えるようになったこと、この二つが旅行の一番の収穫だったかと思います。世界幸福度ランキングトップ3の常連国であるデンマークでは、市民たちは朝目覚めると先ず「自分は必ず死ぬ」ということを自分自身で再確認し、10分間の瞑想後全身のヨガ的なストレッチをしてから一日をスタートすると聞いたことがあります。死という現実をポジティブに受け入れ、人生を前向きに楽しく生きる、そして決して働き過ぎないこと。古代ローマの哲学者セネカの記した名著「人生の短さについて」や、アップルのスティーブ・ジョブズが死を目前にして病床で語った「最後の言葉」などなど、多くの先人、賢人達が我々に伝えようとしたのは人生の儚(はかな)さではなく、自分が奇跡的な偶然でこの世に生を受けたことに感謝し、生かされている喜びを味わいながら日々過ごすことの尊さかと思います。最近、時々立ち止まって過去を振り返り、自分を見つめ直すことが増えました。やはり何より大切なのは自分が健康であること、そして家族、スタッフに笑顔があふれているか。さらには医療という仕事を通じて地域社会にどの程度社会貢献出来ているか。常にこれらを冷静に見つめ自省しながら、謙虚に我が人生を歩んで行こうと考えています。

2020年06月14日

沈みゆく日本

 今年2020年という年は、日本そして世界が新型のコロナウィルスCOVID-19に遭遇した極めてエポックメイキングな年となりました。パンデミックという意味では世界人口の1/4、およそ5億人が感染し5000万人近くが死亡したといわれる1918年のスペイン風邪以来、そして経済的な影響という意味では2008年のリーマンショックを上回り1929年の世界大恐慌以来の、全世界を巻き込んだ大惨事と言えるかと思います。こんな中、世界各国のCOVID-19対策に対する評価が徐々に定まって来ました。国の指導者として、今回の一連の国難に対峙し自国民の生命・財産を守る為、毅然とした態度で指導力を発揮し、どのような対策を講じ結果を出して来たかが今問われようとしています。しかしながら世界の首脳たちは概ねその評価を上げ、支持率も急上昇という中、我が国だけがとても残念な状況となっております。このパンデミックの襲来に対して明確な司令塔を設置せず、国立感染症研究所が中心メンバーの、いわゆる専門家会議なる組織に責任転嫁しながら「too little,too late」の対応に終始し、PCR検査の実施に対しては強い制限を掛け、意味不明のマスク配布で血税を無駄遣い。遅きに逸して発令された緊急事態宣言はあくまでも要請レベルであり、諸外国のような強制や禁止を伴うものではなく、結果として個人や企業に対する補償を伴わないという中途半端なものでした。最近になって漸く補償の問題が動き出しましたが、掛け声ばかりでとても満足の行くようなレベルのものではありません。それどころか最近首相のお友達の会社では、コロナ特需といった現象が起こっております。コロナで追い詰められ困窮する国民への給付金が途中でピンハネされたり、マスク関連で血税が怪しげな会社に注ぎ込まれ浪費されたりと、まさに火事場泥棒的な動きで利益を得るという有様です。
国家の一大事というこの時期、常識を疑うような不祥事が次々に発生しておりますが、2014年に1000兆円を超えた日本の借金は毎年約20兆円ずつ増加しており、情報公開を拒否しながらジャブジャブと血税を無駄遣いしている余裕はないと思います。こんな中、国のかじ取りを国民から託さ、れた方達からは全く危機感、緊張感が感じられず、能天気な行動ばかりが目立つのは、ある意味国家としての末期症状と考えるべきなのでしょうか。
                

2012年4月から日本で活動しているすべての製薬メーカーの営業方針が劇的に変わりました。
大雑把に言うと医療機関に対する接待を限りなくゼロに近づけるという内容です。どこのメーカーが言い出したルール改正なのか、諸説あってはっきりしませんが、何れにせよ現在では各社横並びで、医療機関に対するさまざまなサービスは、ほぼ消滅している状況です。さらに2019年4月からはカレンダーの提供も廃止となり、これでほぼ完成形かと私は感じています。(メーカー接待については小生院長ブログ2011.11.26もご覧下さい。)

こんな中MR(medical representatives)簡単に言うと、製薬メーカーの営業マン達の存在意義が急速に薄れて来ました。会社の方針で医療機関に対するありとあらゆるサービスが出来なくなりましたと言いながら申し訳なさそうに医療機関を訪れるMRに対し、激務の中、貴重な時間を割いてまで彼らに面会する暇な医師はいません。貴重な情報でも届けてくれるのであれば話は別ですが、ただ単に当社の薬を使ってくださいとお願いされても、こちらは当惑するばかりです。この
ような状況の中、MRさんとの面会を制限する医療機関が増えて来たのは自然な流れかと思います。製薬メーカー各社は接待禁止によって莫大な金額の内部留保が確保され、その金額は年々増え続けておりますが、社員への還元は殆ど考えていないようです。資本主義社会の中では、どういう手段を使って会社のイメージをアップし利益を上げるか、他社との違いをアピールし、選ばれ続ける企業を目指すか、とても重要なテーマです。巨大な海外製薬メーカーが次々日本のマーケ
ットに参入する中、日本の製薬メーカー各社は談合し、サバイバル経営戦略会議を通じて医療機関への営業を完全に廃止する決定をしたようです。生き残りの為のターゲットは厚労省。常にこの組織の役人達の顔色を伺い、良好な関係を構築することで会社を存続させるという決定はある意味正しいかと思われます。端的な例は、最近異常に高額な新薬が次々に厚労省によって薬価承認されていること、改良医薬品に高い薬価が与えられていることなどに現れていると思います。
また製薬メーカー各社が増やし続ける莫大な内部留保にはさまざまな使い道が考えられます。薬価が下げられた際の損失補填や、天下りの受け入れ、OTC(薬局で買う薬)販売の為の宣伝広告費、etc。

自由主義経済の下、製薬メーカーが医療機関に対する一切の接待を廃止し、カレンダーすら提供せず、他社製品との違いの説明も許されず、ただ営業に行って成果を出して来い、というのはある意味MRいじめのような印象を私は持っています。まるで何も武器を持たせず戦場に送り出し、素手で戦車や機関銃と戦って勝利して来いと言っているに等しいと感じます。もしかしたら会社側は、もうMR は不要であると高次の経営判断を下しており、徐々に合法的にMRゼロを目指し
ているのではと勘ぐってしまいます。医師との信頼関係構築を放棄し、厚労省にすり寄ることで生き残りを図ろうとする製薬メーカー各社に対し、私は素朴な疑問を感じております。

2019年03月13日

日本の勤務医の現実

最近の大学受験生の動向として、難関理系を敬遠し文系を志望する学生が増加傾向にあるという話を聞きました。都内予備校の調査では、医学部志望者は前年比7%程減少したそうです。これは現在の日本における勤務医の現状を考えた時、賢い選択かと考えます。厚労省による医療費抑制政策の下、年々医療機関の収入は減り続けており、その影響は真っ先に医師の待遇に反映されます。というのも経営者側が病院の存亡を賭けて、職員の待遇を下げようとすると、医師以外のスタッフの大半は辞めてしまいますので、先ずメスを入れるのは医師の給与ということになっているからです。収入面もさることながら、何しろ仕事に拘束される時間が長過ぎます。休みも少なく、家族と一緒に過ごせる時間は一般の社会人よりはるかに少ないのです。

この辺の事情は2019226日放送の「ガイアの夜明け」で放映されていましたが、大きな真実の一部が伝えられていた気がします。医師だけが何故これ程の長時間労働を強いられるのか、その根本原因は日本の医療費が欧米先進国に比べて極端に安く、経営的な理由から病院が必要とする数の医師を雇えないことが挙げられます。

例えばアメリカでは一病院あたり日本の約10倍の人数の医師が勤務しておりますので、交代で患者さんを診ることとなり、一人の医師の負担は減ります。しかしアメリカ並みに医師の数を増やしてしまうと、日本中のほぼ全ての病院は経営破綻してしまいます。つまり日本の医療は医師の忍耐と自己犠牲の上に成り立っているという見方も出来るのです。

若者達が医師を目指すとき時、病める人の力になりたい、それを通じて多少でも社会貢献したい、人に感謝されるような仕事に就きたい、など様々あるでしょうが、いずれにせよ遣り甲斐のある職業であることに間違いはありませんし、経済的にもある程度豊かな生活が保障されるのであれば医師は人気の職業となるでしょう。しかし現実は相当に厳しいと言わざるを得ません。

こんな中、素朴な疑問として皆さんが抱かれると思うのは、医師達は何故、待遇改善を訴えてアクションを起こさないのかという点だと思います。私はその理由として、医師達はその最難関学部受験に始まり、一人前に評価される臨床医に成長するまでの過程を通じ、たぐいまれなる強靭な忍耐力を身に付けてしまうからではないかと考えております。この過程は見方を変えれば、牙を抜かれていく過程でもあります。医師養成期間中はただひたすら膨大な医学知識と臨床経験の習得に明け暮れ、独創的なアイデアや斬新な発想は求められません。早朝から深夜まで院内で過ごし、外来、病棟、手術、カンファランス、学会発表用の論文作成と目まぐるしく時間が過ぎて行きます(私の勤務医時代もこんな感じでした)。こんな日常の中で、もう疲れたから先に帰りますと言える雰囲気は全くありません。先輩達も皆やって来たし、事あるごとに「医は奉仕である」と教育され、そこに何の疑問も感ぜず育って来ると、世間一般のサラリーマンとはかなりかけ離れた、想像を絶するような過酷な長時間労働にも耐えられる、強靭な精神力が醸成されて行くのかと思います。

そして、日常の院内業務に余りにも多くの時間を拘束される結果、世の中の様々な事象を正確に把握出来なくなり、良く言えば浮世離れした専門馬鹿、悪く言えば社会生活不適合者となって行くのです。当然のことながら、日本の医療全体についての正しい知識も乏しく、ただマスコミから流される偏った情報を、一般市民と同じレベルで信じ込んでしまい、日本の医療を担う自らの仕事に自信と誇りが持てないといった不幸な医師も育って来ているというのが寂しい現実です。

さて「3時間待ちの3分診療」というマスコミが好んで使うフレーズがありますが、果たしてこれは医師の怠慢から生じる現象でしょうか?

アメリカであればすべて予約制で、1日十数人の外来患者さんしか診察しませんので待ち時間ゼロ、診察時間30分が当たり前ですが、診察代は日本の10倍です。これに対し日本は診察代が異常に安い為、薄利多売の状況になっています。

こんな中、医師達は、「いつまで待たせるつもりだ!」と患者さんから罵声を浴びせられ、申し訳ありませんと、ひたすら自責の念に駆られる毎日です。しかし、たくさんの患者さんが来院され、一人ひとりを丁寧に診察すれば待ち時間が長くなるのは自明の理、これを全て医師の責任に持って行くのは多少無理があると思います。

また、医師は高給取りという幻想が巷に出回っていますが、あれだけの長時間労働の対価として、決して高くないと断言出来ますし、生涯獲得賃金で比較しても他業種よりかなり低いという客観的なデータも出ております。

繰り返しになりますが、厚労省の医療費抑制政策により、世界の先進国中最低レベルの医療費となっているにも拘らず、WHOが患者さんにとって世界最高の医療環境であると絶賛してやまない日本の医療を、自己犠牲の精神で支える医師達の真の姿を是非皆さんに知っていただき、虚偽と誇張に満ちたマスコミの偏向報道に惑わされず、疲れ切って過労死寸前の医師達に心からのエールを送っていただきたいと思います。