医療問題

HOME > 院長渡辺邦夫ブログ > 医療問題 > マスコミが伝えない医師の素顔
2015年11月15日

マスコミが伝えない医師の素顔

高校時代とても優秀で担任の教師からも勧められ、偏差値最難関の医学部に進む学生がいます。入学後も学問一筋、他の学部に進学した同級生達が大学生活を大いにエンジョイするのを傍目で見ながら膨大な勉強量をこなし、6年間の学生生活の後無事医師国家試験に合格。2年間の新臨床研修医期間をこなし、晴れてドクターとしての生活がスタートしますが、そこに待ち受けていたのは大学院へ入学して博士号を取得するお誘い。流れでなんとなく大学院に入ったはいいが大学でのポジションは基本的に無給医局員。それどころか大学院の4年間は授業料を払わねばなりません。そしてそのほとんどの時間を大学内の研究室で過ごし、時々市中の病院の当直や、外来診療のアルバイトをして生活費を稼ぎ出すという毎日です。大学院を卒業し無事博士号を取得しても大学にスタッフとして残れる人はごく少数で、大半は関連病院に派遣され、外来診療、手術、入院中の受け持ち患者さんのケア、学会活動(研究と論文の作成)、等々に追われる日々を過ごし、1~2年のスパンで医局の命を受け転勤を繰り返す為、永年勤続の昇給はほとんど望めません。また、数年前から製薬メーカーの経営上の戦略変更により接待が事実上禁止となった為、年に数回あったグルメな日々も消えてしまいました。

5年10年とこんな生活を続け、縁あって開業するケースもあり、大学のスタッフとして迎えられるケースもあります。しかし大学に残ったとしても優秀であればある程、その課される仕事量は増え続け、外来診療、手術、受け持ち患者さんの回診、新人医師の教育、など一連のDutyが終わった後ようやく自分の持つテーマについての研究、そして日本中世界中で発信される最新の文献に目を通し、学会活動用の論文作成、医学雑誌社からの原稿依頼の執筆、この合間をぬって家族の生活費を得る為に関連の医療機関での外来や手術をこなし、いつも自宅に帰るのは深夜になってしまいます。本当に体がいくつあっても足りない、と言うより毎日激しく消耗し疲れています。医師は体力がなければやっていけないというのは本当だと思います。

毎朝4時半に起床出勤し大学でのDutyがスタートするまでの数時間は誰にも邪魔されず集中して自分の研究に打ち込めるとても貴重な時間なんですと、親しくしている某大学病院勤務の医師が言っていました。こんな中、大学に残り相当優秀であっても教授にまで上り詰めるのはとても大変です。というのも教授職は年齢的に定年まで大体任期10年前後就任可能なことを目安に選ばれますが、たまたまポジションが塞がっていればどんなに優秀でも教授にはなれない訳です。また仮に開業したとしても、これに伴って背負い込まねばならぬ課題は山積しています。正直な話、学問や研究に人生の大半の時間を注いで来た医師がすべて有能な経営管理者となれるわけではありません。

しかしこれまでは医師免許取得というとても高いハードルをクリアし、また人の命を預かる尊い職業ということで世間からのリスペクトもあり、多少拙い経営差配でも何とか黒字でやっていけるような、国のシステムとしてのサポートがありましたが、最近では財務省の極端な医療費抑制政策の下、かなり厳しい状況となっており経営環境の悪化した医療機関も数多く存在します。


そして病院が倒産するとマスコミは一斉に経営感覚の無い無能な院長だと決めつけますが、これにはかなり違和感を覚えます。昔から「医は仁術」と言われますが、卓越した経営感覚を持ち、職員の待遇を落とさず、患者さん本位の医療を展開することの出来る院長を生み出すような教育環境は今の日本にはありません。

だからと言って経営コンサルタントの提案を鵜呑みにし、いわゆる利益追求型の経営に舵を切った時、患者不在の診療にならないか、冷徹なビジネスの論理を医療の世界に導入する危うさを体感することになるのではなどいろいろ危惧されます。

さてオバマケアが2年前にスタートして以来アメリカでは一般市民を取り巻く医療環境の悪化が一段と深刻化しており、また医師の自殺率は上昇の一途を辿っており、専門職の中で一番の高率となっているそうです。日本でも、真面目にコツコツと励んでいる多くの医師たちの待遇がもう少し改善しないと、今後優秀な学生が医学部に入って来なくなり、我が国の医療水準全体のレベルダウンにも繋がりかねないのではと心配しております。


また最近のもう一つ心配な傾向として、医療をビジネスチャンスと見て様々な他業種からの参入が相次いでいるという問題があります。
確かに膨大な量の勉強をして資格を取り、その後も営々として最新の医療水準を維持する為一生勉強を続ける宿命を持った医師という職業集団は、総合的な経営管理学を学んだ人達からするとその経営手腕は本当に稚拙であり、とても勝負にならないのかも知れません。

ここに商機を見出し、したたかな百戦錬磨の企業並みの経営ノウハウを投入することで大きな利益を上げる法人が急増しております。
これまで、もう少し工夫すればもっと利益が出るのにと、傍から見て歯がゆいような、患者さん本位の運営をしていた分野に、「医療は困っている患者さんを助ける奉仕活動である」という視点ではなくビジネスとして割り切って経営する人達が参入して来ました。様々な法人が介護保険絡み、院外処方薬局絡みで参入し、中にはM&Aの手法で次々に病院を買収しその傘下に収め、巨大な医療集団を構築する動きもあります。
 
医師になれば多少は豊かな暮らしが出来、また患者さんの治療や医学の研究を通じて世の中にいくらかでも貢献出来るかも知れない、やりがいのある職業として選んだはずが、夢と現実の大きなギャップにただ茫然としながらも日々のDUTYをこなし、献身的な医療を提供している医師達を私はたくさん知っています。