情報伝達の優先順位
先日、外来診察中の患者さんから「こんな危険なクスリは飲みたくないので、何か他のもっと安全なクスリに切り換えてください。」と言われ、新聞記事の切り抜きを見せられました。指摘を受けたのは「リリカ」というクスリで、神経障害性疼痛や線維筋痛症に対する画期的な治療薬として2010年6月から発売され、現在服用中の患者さんは国内だけで195万人と推計されているものです。記事を拝見すると、この薬を服用中の患者さんの1人に重篤な副作用が発生したという内容で、とんでもない危険なクスリであるという誤解を与えかねない、一方的で薄っぺらな内容でした。何より最悪なのは、我々医療機関へ、この情報を伝達する前に、一般市民に向けてかなりヒステリック報道がなされたという点です。かつて2010年2月にも、痛風治療薬「ユリノーム」をめぐって似たような事例があり、またかと、ちょっとやり切れない気分になりました。
何かクスリに関する副作用が発生した際、担当医はその製薬メーカーまたは厚労省に情報提供し、そこで詳細な検討が加えられた後、その重篤度の度合いに応じて全国の医療機関に対し副作用に関する情報提供が行われ、患者さんの診療に反映するものと認識しております。ところがこれら二つのケースではいずれも、その副作用情報が医療機関に伝達される前に、マスメディアを通じて一般市民に伝えられてしまった為、患者さんの間にかなりの誤解と混乱が生じました。
ユリノームに関するニュースの流れた当日は電話で、「お前は何でこんな危険なクスリを俺に飲ませていたんだ!」と怒鳴られたり、服用を自分の判断で勝手に中断したり、あるいはこのマスコミ報道以来、他の医療機関に転院したりと、それまで大切に築き上げて来た医師と患者さんとの信頼関係に傷がつくというケースもありました。
これは厚労省からの垂れ流し情報を、自分達でしっかりと検証もせず大げさに取り上げるという、三流と言われ続ける我が国のマスコミの本領発揮などと言って笑って済ませられるものではなく、最大の問題は厚労省の役人が医療機関に副作用情報の伝達をする前に、マスコミに対し中途半端な形で情報をリークしたという事であり、この責任はかなり重いと感じました。
すべてのクスリには効果だけでなく副作用が発生するリスクがあります。我々は副作用の発生を極力抑え、その効果を最大限引き出すような服薬指導を行なっておりますが、その実現の為にはクスリを服用される患者さんに対し常にその副作用も含めた正確で最新の情報提供を行ない、患者さんとの信頼関係を構築する中でその理解と協力を得る事が極めて重要であると考えています。
今回マスコミがやり玉に挙げたリリカに関しても、その副作用の発現頻度は他の薬剤と比べて特に高いものではなく、現在でも多くの患者さんが服用され効果を実感されているクスリです。こんな中、同じような事例が続いたことはとても残念であり、厚労省の体質に何の反省も改善もないことを確認したような気がしてちょっと暗い気持ちになりました。