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2013年04月26日

年を重ねるということ

1993年米国で、加齢を疾患として捉え、その治療法を模索する抗加齢医学の動きが始まりました。日本でも2001年から、その研究・治療に取り組む体制が整い始めました。

人間は自己管理を徹底すれば、生物学的には125歳まで生存が可能であるという、アンチエイジングの世界での常識的な考え方は、私にとってとても心地よい響きを持って受け入れられるものであり、これからもこの目標に向けて精進したいと考えています。

ただここで自分にとってとても大切なことは、ベッドで寝たきりの125歳では意味がなく、自立した生活を送り、毎日が充実し、感動的な体験を楽しみながら時を重ねられるかという点です。

さて昨今の悪しき風潮として個人的にちょっと気になっているのは、若い人のことを、その取り巻きの年長者が過度にもて囃すことです。ある特定の若い女性達に対してこの傾向が強く、本人達もその商品価値の大半が年齢にあることを熟知しており、これを極めて短期間しか使えない強力な武器としてフルに活用している節があります。確かに若いという事は素晴らしいことではありますが、周りからチヤホヤされ過ぎて、若者がこの時期真剣に取り組まねばならない、極めてストイックで地道な努力を怠っていると、その後の人生の様々な場面で大いに苦労することになります。こんな、一部の若者達の間抜けな思い上がりを諌めるどころか支持する人達の中に、少なからず大人達が混じっているというのも困った現実です。

若者は、外見も美しいし健康にも恵まれ体力もあり、時には斬新なアイディアも出しますが、まだまだ知識も経験も未熟なので、謙虚に研鑽を重ね先輩達に教えを乞い、一日も早く一人前になって社会に貢献できる存在になる事を目指して欲しいものです。

ここで余りにも当たり前のことですが確認しておきたいのは、ただイタズラに齢を重ねただけでは知恵も知識も身に付かない。若い頃からコツコツと努力し続けた者だけが、長じて周囲からリスペクトを受け、人生の豊かな最終章を迎えることができるという事です。

最近、負け惜しみでなく本気で、今の自分の年齢に大変満足し、年を重ねるのもいいものだと感じています。

様々な食材を堪能できる研ぎ澄まされた味覚や、本物を見抜く力は徐々に磨かれて来ましたし、世の中に氾濫する様々な情報を整理し理解する能力も、知識や経験の蓄積と共にアップして来たような気がします。そして若い頃から蓄積して来た感動的な体験の数々は、ふとしたキッカケでフラッシュバックされ、楽しい思い出として一瞬にしてよみがえります。

 

また外来で仕事をしていても、最近では幸か不幸か6割以上の患者さんが自分より年下なので、若造扱いされることも少なくなり、診察するのが楽になったと感じています。若い頃に比べると経済的にも多少豊かになり、欲しい物も以前よりは手に入れ易くなって来ました。(もっとも物欲は以前に比べ、かなり衰えていますが)

ただ単に若いという事を羨ましいとも思わないし、戻りたいとも思わない。私は今のペースで年を重ねることに幸せを感じています。