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2021年06月06日

「整形外科」の生みの親、の親

 皆さんこんにちは。副院長の福です。

 前回、整形外科の生みの親、足利出身の田代義徳博士のことを紹介しましたが、今回は、義徳の育ての親、田代基徳についてお話しします。

 基徳は、九州中津藩の医師、松川北渚の息子として生まれましたが、基徳の幼少期に北渚が他界したため、従兄の田代一徳の養子となりました。基徳は1861年に、大坂の緒方洪庵の適塾に入門し蘭学をまなんでいます。

 さて、ここまでで勘の良い人は、お気づきかと思いますが、「中津藩」、「.適塾」とくれば、福沢諭吉ですね。

 緒方洪庵が西洋医学所の頭取になると、共に江戸に出た基徳は、医学所の講師になっています。しかし、洪庵が亡くなり、西洋医学所の頭取に松本順が就任し、兵学書を読むことを禁止すると、これを不服とし、ストライキを行ったそうです。この時、先輩の福沢諭吉にたしなめられて、中止したという記録があるそうです。

 基徳は、鳥羽伏見の戦いで従軍医となり、1868年には『切断要法』という手術本を出版しています。まさに、『「整形外科の生みの親」の親』の名に恥じない活躍ですね。その後、基徳は、陸軍の軍医部長となり、義徳を見出し、養子にすることになります。

 こうしてみると、田代義徳博士は育ての親、田代基徳を通じて、福沢諭吉とも繋がっており、慶應義塾出身の私とも、細い糸で繋がっているのかなあと思います。

 人の縁とは何とも不思議なものですね。皆さんも人との縁、繋がりを大事にしましょう。

 それではまた。

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